プレゼント

その時、ほどよく酔った悟浄はご機嫌で一人、街中を歩いていた。

疲れが溜まっていたのか着いた途端、熱を出してダウンしたジープを休ませる為、二、三日滞在することになった町での最初の夜。

時間つぶしに立ち寄った酒場は、声を掛けたくなるような女はいなかったもののカードゲームでの賭博が盛んに行われており、ツキにツイた悟浄は一人でボロ勝ちしたのだ。
これで当分、遊びの金には困らない。

宿までの道を気分良く行きながら、ふと、ある店のショーウィンドーに視線がいった。

まるで呼ばれるように目に飛び込んできたのは、閉店後の店頭で街灯の灯りに照らされている一着のチャイナ。

ノースリーブで左右にスリットの入ったミニ丈ではあるものの、光沢のある生地に同系色の糸での細かな花の刺繍が派手すぎず地味すぎず上品な印象。

撫子色のそれは草むらの中で目を引く一輪の花のようだった。

(へぇー、キレーな色じゃん)

そして、それを着たを想像した。

(なかなかいいんでない?)

はこういう色の服は持ってなかったはすだが、色が白いのできっと似合うだろう。
いつもジーンズばかりだけど、女なのだから一枚くらいスカートを持っていたっていいはずだ。

それにこのデザインなら、普段は隠れている肩や足も拝める!

明日、買いに来る事を決め、宿に戻った。
三人部屋のドアをそっと開けると、悟空はもう寝ていたが八戒はまだ起きて本を読んでいた。
『なんだかご機嫌ですね』と言われて、『バクチで一人勝ちしてよ』とだけ答え、ささやかな企てのことは内緒にしておいた。

翌日の午後。散歩と称して一人で出掛けた悟浄は、昨夜見つけた服と、それに合いそうなミュールを購入した。

宿に戻ったその足での部屋に向かう。

の部屋といっても三蔵と同室で、中には三蔵もいるのはわかっていたが、別に構わない。
むしろ、いい当てつけだ。

ドアをノックすると聞こえるの声。

「はい」

「俺」

「悟浄?」

ドアが開くと、の顔越しにテーブルで新聞を呼んでいる三蔵の姿が目に入った。

「さ、入って」

笑顔で入室を促すと相反して

「何か用か?」

ぶっきらぼうに訊く三蔵が少し不機嫌そうに見えるのは、二人きりの時間を邪魔されておもしろくないということだろう。

「いや、用っちゅーか、これをに渡しに来ただけだから」

言いながら手にしていた紙袋からその箱を取り出す。

「私に?」

「昨夜行った酒場で臨時収入があってさ。
お前に似合いそうなモン見つけたから買ってきた」

「え、もらっちゃっていいの?」

「ああ。どーせ、あぶく銭だし」

差し出した、そのリボンのかかった箱を受け取ったが嬉しそうに笑う。

「ありがとう! 開けていい?」

「どーぞ、どーぞ」

テーブルに箱を置いて、笑顔でリボンを解きだしたを見て、悟浄はいい気分だった。
眉間に皺の寄った三蔵の顔など、金箔の載った饅頭だとでも思おう。

「あ、服……チャイナ? え、ミュールまで!」

蓋を開けたが少し驚いた声をあげ

「綺麗な色〜!」

と、言いながら、服を持ち上げて広げた。

「……結構、短いね……」

苦笑まじりに言われて、悟浄は自分のスケベ心を見透かされた気がした。

「でもさ、お前、いつもジーンズばっかだし、せっかく女の子なんだから、一枚くらいそーゆーの持っててもいいんでね?」

苦し紛れに言うと、は『それもそうよね』と独り言のように呟き、

「ありがとう、悟浄。すごく気に入っちゃった」

と、にっこり笑った。

「どーいたしまして……良かったら、晩メシの時にでも着て来てよ」

「うん! そうする……今ね、丁度、お茶を淹れようとしてたとこだったの。飲んでって」

長居をするつもりはなかったが、せっかくだからと思い、テーブルに座った。

がこちらに背を向けて、茶の用意をしだしたところで、それまで二人のやりとりを静観し、悟浄の視神経ではすっかり金箔饅頭化されていた三蔵がタバコの煙を吐き出しながら忌々しげに呟いた。

「……余計な事しやがって……」

しかし、三蔵のそういう反応も予測済み。

(へへん。悔しかったらにプレゼントの一つも贈ってみやがれっての!)

悟浄は聞こえなかったフリをして、お茶の到着を待った。

その数時間後。悟浄は後悔と共に、ベッドの中で眠れない時間を過ごしていた。
思い出す度に溜め息が出るのは夕食の時のこと。

は自分がプレゼントしたチャイナを着ていてくれた。

ジーンズ以外のものを着るのも久しぶりなら、こんな短いのを着るのは子供の時以来だと、しきりに照れていたが、悟浄の見立ての通りにはよく似合っていた。

服の色がの肌の白さを際立たせ、の着こなしがミニ丈のチャイナをより上品に見せていた。

仏頂面の三蔵を尻目に、八戒と悟空と三人で口々に褒め称えた。

初めて見るむき出しの肩や腕は細く、やっと拝めたスラリと伸びた生足は「脚線美」という言葉を具現化したらかくやと、言いたくなるものだった。

そして……

の『結構、短いね』という苦笑や、三蔵の『余計な事しやがって』というセリフの本当の意味を知った……

――右膝の上に刻まれた傷跡――

7、8cm程の長さの少し盛り上がったそれは、足が白く美しいだけに余計に悪目立ちしていた……

だから『こんな短いのを着るのは子供の時以来』だったのだ。
三蔵はそこにそれが存在することを知っていたのだ。

……悟浄にとっては自分の軽率さを悔やみながらの長い夜だった。

翌日。

どうしても沈んでしまう気分に何をするわけでもなくベッドに寝転がっていた悟浄だったが、と二人で買出しに行くことになった。

快復したとはいえ、明日からまた走ってもらうのだからジープは休ませていたほうがいい。八戒はジープの付き添いだし、悟空を連れて行くと余計な買い物が増える。
三蔵が買出しをしないのは言わずもがな。

いつもどおり、どうでもいいことをあれこれ話しながら買い物を進めていたが、メモにあったものを大体買い揃えたあたりで、その事に触れない不自然さに気づき、思い切って口にした。

「失敗したかなー?」

「何が?」

「昨夜あげた服」

自分で蒔いた種……
それで済む事なのかどうかはわからないが、にとってあまりいいプレゼントではなかったのは間違いない。

「……ミニもいいケドよ、チラリズムっての?
こうロングのスリットからのぞく足ってのも捨てがたかったかなー……とか
……他のと替えてもらってきてもいい?」

自分はいつものように軽く言えているだろうか?
上手に笑えているだろうか?

不安を抱えながら言ったセリフに、は穏やかに微笑んだ。

「……気、遣ってくれて、ありがとう」

「いや、別に、俺は……」

「ううん。私の足を見た時、三人がちょっと驚いたのは知ってるよ。
昔から、見た人は皆、視線がそこで一瞬止まるからわかっちゃうんだ……」

悟浄は言葉を失って、

(ダメだ……誤魔化しきれねぇ……)

そう観念した。

「あ! 責めてるわけじゃ絶対ないからね! ……『慣れてるよ』ってこと」

(逆に気遣われてっし……)

「本当のこと言うと、昔は酷く気にしてた時期もあったんだけどね……」

やはり、と、内心落ち込んでいる悟浄の隣では話し始めた。

「これはね、お母さんとお兄ちゃんが亡くなった夜についた傷なの。
逃げ出して助けを呼びに行く途中で転んでね……
ずっと逃げた自分への罰としてつけられた傷なんだって思ってて……
自分で見るのも辛かったし、人に見られるのも嫌だった。
でも、隠してても、まるで自分の弱さや卑怯さを隠してるみたいで、後ろめたくて……
『ああ、こうして自己嫌悪するのも罰なんだな』とか思ってた」

悟浄は溜め息をついた。
どうしてはこう自虐的なまでに内省的なのだろう……

「女なんだからさ、そういうの隠しときたいと思うのは当然だろ?」

言った後で思い出した。

自分への見せしめに髪をのばしたら、顔の傷が隠れた……

無力な自分を責めていたのは自分も同じだ。

「つーか、14の女の子が刃物持った男に勝てるわきゃねーんだからさ。
逃げんのは当たり前だし、そんで助けを呼びに行くってのは正解じゃねえの?
……罰だなんて考えんなよ」

言ってやると、は小さくクスリと笑った。

「……同じような事、言ってくれるのね」

「あ?」

「最初に二人が亡くなった時の事を話した時、三蔵もね、言ってくれたの。
『お前は自分にできることをしただけだ』って。
その時のお前にできることは、逃げて助けを呼ぶことだったんだって。
それまでそんなふうに考えたことなかったから、すごく救われた」

の視線は遠く、記憶の先にある何かを見つめている。
三蔵の言葉がを救ったという事実は悟浄を複雑な気分にさせた。

「そしたら、少しずつ考え方も変わってきてね……
助けられなかったことは今でも悔やまれるけど、あの時、逃げたことには、もう後悔してないよ……
傷のことも自分が頑張った証拠なんだって思うことにしたの。
だから、誰に見られても恥ずかしくないって……
ジーンズしか買わなかったのは、旅の途中だから動きやすさを考えて、であって、傷を隠すためじゃなかったの」

の口調にも表情にも、無理をして言っているようなふうは見えない。

「皆に見せたことで、なんか、また一つ吹っ切れた気分。本当よ。
あの服はいいきっかけになってくれたの……ありがとう、悟浄……」

はっきりと言い切った笑顔にも嘘はなかった。

「だから、取り替えなくても大丈夫よ。
色とかデザインも凄く気に入ってるし、私、あのチャイナがいい」

「……お前がそう言うんならいいや」

困らせて、傷つけたと思っていたけれど、がそう言うのなら、自分も気にするのはやめよう。

そういえば『晩メシの時にでも着てよ』と言った時にも『うん!』と即答していた。

「良かったら、これからも時々着てよ」

「うん。もちろん!」

はうなずきながらにっこりと笑う。
演技でこんな顔が出来るではない。

(ま、結果オーライってことで……)

やっと安心した悟浄は買出しの続きを促し、道中ではまたいつもの軽口や冗談に終始した。

次に何かをプレゼントする時は、もっとよく考えてから品選びをしようと心に決めながら……

二人が通り過ぎた道端で撫子の花が風に揺れていた。

end

Postscript

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