貴方だけ
「すみません。今日はちょっと無理です」
その言葉にはがっかりした。
宿の人に調理場を借りられないかと尋ねた返事がこれだった。
今夜は宴会の予定が入っていてその準備があるという。
「明日だったら大丈夫だと思うんですけど……」
その人は言ってくれたが明日では間に合わない。
「いえ、いいんです。
こちらこそ不躾なお願いをしてしまってすみませんでした」
頭を下げてその場を離れ、宿の外に出た。
(買うのは材料じゃなくて、出来上がったものに変更ね……)
寒い時期なのに歩く街中は少しはしゃいた女の子が目立ち、赤やピンクのハートのディスプレイが明るい雰囲気を醸し出している。
今日は2月14日。
本当はチョコケーキを作りたかったのだけど、手作りが無理なら市販のものを買うしかない。
(ああ、でも、それなら一人一人の好みに合ったものを選べるわね)
そう思考を切り替えて、混み合う店内に入った。
ハート型のもの。バラの形のもの。コイン型のもの。洋酒が入ったもの。本命用。義理用。ウケ狙い用。
沢山の種類が並んで、それを選ぶ女の子の表情は皆、楽しそうだ。
その中の一人になって、きれいに包装された商品の一番上に置かれた見本を見ながら考え込む。
(えっと、三蔵と八戒は和菓子系が好きみたいだし、悟浄は甘いものあんまり食べないけど、バレンタインといえばチョコだし……悟空はお腹に溜まるようなものがいいわよね……一人あたまの予算も同額にしておきたいし……)
散々悩んで、それぞれに購入した。
(手作りじゃないけど、皆、喜んでくれるかなぁ?)
ドキドキとワクワクが入り混じった、くすぐったいような気持ち。
(あげる時まで皆に見つからないようにしなくちゃね)
今夜は全員一人部屋だけど、部屋に戻る前に会わないとも限らない。
宿に戻る途中でふと思いついて、もう一軒別の店にも寄った。
目当ての物を買って、宿に戻り、四人に会わないよう気をつけながら、自分の部屋に入った。
買って来た物をテーブルの上に並べる。
三蔵には、口溶けのいいセミスィートの生チョコ。
悟空には、上に生クリームのデコレーションがしてある小さなチョコケーキ。
悟浄には、ビターチョコとウイスキーのミニチュアボトルのセット。
八戒には、いろいろな種類の一口サイズのチョコの詰め合わせ。
そして、ジープにもトリュフチョコ。
別の店で買った小さなメッセージカードにはそれぞれの名前と『いつもありがとう』と書き込んだ。
そして、生チョコのあらかじめしてあった包装を解いた。
あとで一人一人の部屋に持って行けば、カードが外のリボンに挟んであるか、中に入れられてるかの違いなんて自分以外にはわからないだろう。
カードと一緒に買った包装紙とリボンを使ってラッピングをやり直す。
(どうせ、三蔵はビリビリ破いて開けちゃうんだろうけど、こういうのは気持ちよね)
本命チョコは手作りしたい。
でも、それが出来なかったから、せめて自分の想いを一緒に包みたかった。
メッセージの最後にハートマークを書いたカードも一枚だけ。
いつでも、貴方だけが、ほんの少し特別……
end