Her tenderness, His kindness
森の中、ジープの上で目を覚ましたは、頬を両手でペチペチと叩いて低血圧の頭に活を入れた。
(よしっ! 今日は頑張るぞ!)
誰よりも早く起き出して、野宿明けの簡素な朝食作りを始める。
「おはようございます。早いですね」
「おはよう! 今日くらいはね」
( ? )
不思議に思いながらも手早く洗顔を済ませて手伝おうとした八戒だったが
「いい。私が一人でするから」
と、断られてしまった。
「でも……」
「せっかくの誕生日なんだから、八戒はゆっくりしてて」
「あ……今日21日ですね」
「そうよ。だから、今日、八戒は運転以外のことはしなくていいからね!」
(そういうことですか……)
が自分の誕生日を覚えていてくれたことと、何よりその気持ちが嬉しかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて、お願いします」
「うん、任せて!」
はにっこりと笑った。
『運転以外のことはしなくていい』と言った言葉のとおり、は張り切っていた。
朝食の後片付けも一人でしたし、昼過ぎに次の町に着いてからも、宿を探す傍らの買出しに精を出していた。
買った荷物も八戒には持たせなかったし、その分、余計に荷物を持たなければならなくなる悟空と悟浄も、『今日くらい、八戒に楽にしてもらってもいいでしょ?』というの言葉と無敵の笑顔に負けて、文句を言うことはなかった。
宿に入ってからもフロントで交渉したのはだった。
取れたのはツインとトリプルがひとつずつ。
「あの、『誕生日』ってことで、我侭を言わせてもらってもいいですか?」
「うん、何?」
「『もっといい部屋にしろ』ってか?」
「『晩メシは豪華に』ってのはもう決定だよな? なぁ?」
「……好きにしろ」
「いえ、そうじゃなくて」
「じゃあ何よ?」
「部屋割り、僕に決めさせてください。
僕とが二人部屋で、三蔵と悟空と悟浄が三人部屋でお願いします」
「「「 はぁ? 」」」
同室にされてしまう三人の声が重なったが、
「うん、いいよ」
はあっさり了承してしまった。
「って、いいの? ?」
「なんで俺がコイツらと同室にならねばならん?」
「さっき『好きにしろ』って言ったじゃありませんか。
僕だってたまにはゆっくり静かに眠りたいですからね。
三蔵も少しは日頃の僕の苦労を知ってください」
「俺はこんな夜の早ぇ奴と一緒にはなりたかねーぞ!」
「たまには健康的でいいじゃありませんか」
「八戒の言うことももっともよ。
それに、こんなとこで騒いでたら他の人に迷惑だわ。早く部屋に行きましょ!」
の言うことも正論だった。
『保育士』二人にタッグを組まれては『園児』は敵わない。
こうして今夜の部屋割りは八戒の希望どおりとなった。
部屋に入ってからも、はフル活動だった。
荷物の整理や洗濯に精を出し、今は買い足りなかった物の買出しに行っている。
出る前にが淹れたお茶を飲みながら、八戒はジープと共に一息ついていたが、のことが気になっていた。
(大丈夫でしょうかねぇ……)
三蔵が買出しに行くはずはないので、と悟空と悟浄の三人で行ったことになる。
例によって悟空は買い食いをしたがるだろうし、万一、何か揉め事が起こった場合、傍にいるのがあの二人なら騒ぎは大きくなるだけなのは容易に想像できた。
「頑張ってくれるのは嬉しいんですけどね……」
「キュウ?」
「のことですよ。
人間、張り切りすぎるとロクなことがありませんし、飛ばし過ぎると疲れちゃうでしょう?」
「キュウ〜……」
「でも、せっかくのご厚意なんだから、受けなきゃですよね」
「キュウ!」
(……この部屋割りにさせてもらって正解でしたね)
自分が静かに眠りたいという気持ちがあったのも本当だが、にもゆっくりさせてやりたかった。
野宿明けであれだけ動き回っているのだから、今夜の睡眠と休養はしっかりとらなければならないだろうが、三蔵と二人部屋だったならそれは難しい。
少々、三蔵に恨まれようが別に構わないし、たまにはこういう事も三蔵にはいい薬だろう。
「本当にこんなにゆっくりできるのは久しぶりですね」
「キュウ♪」
少しばかりヒマを持て余しているような気がしないでもないが、が自分のために一生懸命になって作ってくれた時間だ。
優しい退屈だった。
夜には宿の近くの中華料理店で、いつもより豪勢に飲み食いした。
宿に戻る道中、酔っていい気分になっている悟浄とたらふく食ってご機嫌な悟空は冗談を言い合い、その間に挟まれたほろ酔いのはきゃらきゃら笑い転げている。
前を行くそんな三人を見ながら、八戒は隣を歩く三蔵に訊いた。
「……何か僕に言いたいことがあるんじゃないんですか?」
「……ねえよ」
「だったら、いいんですけど」
(意地っ張りな人ですね。ま、わかってたことですけど)
八戒は小さくクスリと笑った。
宿の部屋に戻って、それぞれに入浴を済ませ、八戒とがお茶を飲みながらまったりしている時、隣の部屋からは賑やかな声が聞こえて、二人は顔を見合わせて笑っていた。
「あ、静かになった」
「きっと三蔵のハリセンが炸裂したんでしょう。
銃声が聞こえなかっただけマシですね」
「ふふふっ」
「ありがとうございます。お陰様で、きょうはゆっくり羽をのばせました」
「そう? 本当はヒヤヒヤしたりしてたんじゃない?」
「え?」
「ほら、小さい子にお手伝いしてもらう時って、気持ちは嬉しいんだけど『大丈夫かなあ』って心配だったりとか、『危なっかしくて見てらんない』とかあるじゃない。
そんな感じじゃなかった?」
実は図星だったりする。
「……そんなこと、ありませんよ」
しかし、は返事の前に一瞬、間が開いたことを見逃していなかった。
「優しいね、八戒……」
「はい?」
「昔ね、言われたことがあるの。
『厚意や親切、相手の心を素直に受けるという形の"思いやり"もある』って……」
たぶん、が人間不信を抱えていた頃のことだろう。
「本当に優しい人は、他人に親切にするのも、他人の親切を受けるのも上手なんだって」
「……僕はそんな人間じゃありませんよ……あんまり買い被らないでください」
「照れなくたっていいじゃない」
そう言って笑ったが小さくあくびをした。
「そろそろ寝ましょうか」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
それぞれのベッドに入って灯りを消すと、すぐにの小さな寝息が聞こえてきた。
(疲れてたんですね。今日は一人で頑張ってましたから……)
は言っていた。
『何かプレゼントって思っても、旅の途中だから無駄に荷物を増やしちゃうのもどうかと思うし、だからって実用的過ぎる物や消え物だと味気ないでしょ?
だったら、形のないもので何か、って思ったら、"楽をしてもらおう"ってことしか思いつかなかったの』
……形のない、その心が嬉しかった。
八戒は、優しい人のたてる優しいリズムを聞きながら、穏やかな眠りの中に誘われていった。
(知ってますか? ……)
――『心を受ける』と書いて『愛』なんですよ――
end