Roses are red,
「ぶえーっきしっっ!! っかー、さーみー!」
「わ、びっくりしたぁ! ……悟浄のくしゃみ、すごいね」
「笑いごっじゃねーよ、。
こりゃ一晩中火ぃ焚いてねーと、お前なんかぜってー風邪ひくぞ?」
「つーかさぁ、この町の連中のあの態度ってヒドくねぇ?」
「でけぇ声出すな。見つかると面倒だ」
「仕方ありませんよ、悟空。
僕たち、どうやらタイミングの悪いところに来合わせてしまったみたいですしね」
一行が辿りついた小さな町は、最近、妖怪により大きな被害を受けたばかりだとかで全体が酷く荒れていた。
宿屋もなく、自分たちの生活を立て直すのに精一杯の住人たちは旅人に一晩の宿を貸す余裕もない。
それ以上に、見慣れない者に対して非常に警戒心が強く、排他的になっており、三蔵の法衣姿も効力を発揮することはなかった。
仕方なく、町外れに見つけた空き家に入ったのだが、内部は荒れており、割れた窓を応急的に塞いでも入ってくる隙間風は冷たかった。
「なんとか買出しもできたし、屋根があるところに泊まれるだけマシなんじゃない?」
「……無断拝借ですけどね」
「一晩くらい、いーって」
「さみぃと腹へるなぁ……」
「お前はいつもだろうが」
「あぁ、でも、寒いとお腹すくのは本当よ。
体温維持するのにカロリー消費するから……ちょっと待ってて」
はそう言うと買出しの袋から何かを取り出し、なんとか使えた台所の方へ行った。
しばらくして戻ってきたが手鍋の液体をカップに注ぎ分ける。
「Roses are red, Violets are blue, Sugar is sweet And so are you.」
何かのまじないのように唱えながら。
「「「「 ? 」」」」
「ホットチョコレート作ったの。飲んでみて。身体があったまると思う」
「いー匂い。うまそー」
「そーいやー、今日って2月14日か?」
「ああ、バレンタインデーですね」
「うん。本当はね、宿に泊まれて、そこの調理場を借りられたらチョコケーキでも焼いてみたかったんだけど……
こんなのしか作れなくてゴメンね」
「……これは、こういう味のモンなのか?」
「あ、あんまり甘すぎるのもどうかなって思って、ビターチョコ使ってみたんだけど……
ダメだった?」
「そんなことありませんって。おいしいですよ」
「ああ、うめえ」
「、おかわり!」
元気よくカップを差し出した悟空に二杯目を注ぐ。
八戒と悟浄は気を遣って言ってくれたのかもしれないと思わないでもないが、笑顔で飲んでくれている。
ああ言った三蔵も、その後もカップに口をつけてくれているので、は嬉しかった。
「来年は、もっとちゃんとしたもの作るから」
「ああ、期待してるよ」
「ええ、楽しみにしてます」
「俺、でっかいチョコケーキがいい!」
「……これはこれで悪くはねえが、『ちゃんとしたもの』とやらを食ってみてえな」
――来年もこの日を一緒に過ごせますように――
がそう祈りを込めて言った言葉に返される四つの声は、あたり前のようにが傍にいることを前提としていた。
「……さっき言ってたのって何なの?」
「ん?」
「注ぎ分けながら何か言ってましたね?」
「ああ、あれはね、他の大陸の童謡。
本で読んだだけだからメロディは知らないんだけど、バレンタインの唄なんだって」
「ふーん、どういう意味?」
「『バラの花は赤い すみれの花は青い お砂糖は甘い そして、あなたは優しい』
……可愛い唄でしょ?」
「……ガキくせえな」
「童謡だもん……全部、飲んでくれてありがとう」
笑いながら言ったは、空になった鍋とカップを片付けに行った。
さっきより身体が暖かくなったのは、ホットドリンクのせいだけじゃないことを四人は知っていた。
ささやかな飲み物に込められたの気持ち。
たぶん、それがビターチョコを使ったというドリンクを より甘く感じさせていたのだろう。
バラの花は赤い すみれの花は青い チョコレートは甘い そして君も……
end