偶然
宿へと帰る道を歩いていたは手の甲で額に滲んでいた汗を拭って、良く晴れた空を見上げた。
この時期にしてはやたらと暖かい――というよりも暑い――日だった。
この町に着いて宿が決まると、いつものように三蔵を残して四人で買い出しに出た。
必要な買い物が済んだところで、が『買い忘れた物がある』と言って三人と別れたのは、一緒だとしにくい買い物があったからだ。
三人もその辺は察してくれていて、『先に帰ってるから』と見送ってくれた。
そして、も目的のものを購入した後で、宿へと向っている。
(ちょっと喉、渇いたかも……)
ジープでの走行中は風を受けるので気にならなかったけど、今日の陽気は良すぎだ。
ただ歩いているだけで汗ばんでくる。
宿に着くまで我慢しようか、それとも何か買って飲もうかと悩みながら、通りかかった食料品店の中を覗いてある物が目にとまった。
(あ、こういうのもいいかも)
そう思ったは早速、店の中に入っていった。
(えーと、何がいいかな?)
はそこに並んだ商品を見ながら、考え込んだ。
が見つけたのは、冷凍のショーケース。
前面がガラスのドアになっているその中にはアイスクリームが並んでいる。
今日の宿は大部屋で五人一緒だから、自分ひとりが外で何か飲んだりするのは躊躇われた。
だから、カップアイスを買って帰って、皆で食べようと思ったのだ。
(三蔵は餡子が好きだから……これかな?)
(悟空はボリュームのあるものがいいだろうから……これにしよう)
(悟浄は甘いものは好きじゃないみたいだけど……これならどうだろう?)
(八戒は和菓子が好きだから……やっぱりこれかな?)
(ジープの好みはよくわかんないけど……これなら大丈夫かな?)
それぞれに選んでレジに向ったが、それに気付いて慌ててショーケースのところまで戻った。
(……自分の選んでなかった……)
苦笑いをしながら一つ追加して、会計を済ませた。
店を出た外の気温は相変わらず高かったけど、は急ぎ足で宿に向った。
ゆっくり歩いていたらアイスが溶けてしまう。
喉も渇いていたけれど、宿の部屋に入れば冷たいアイスが食べられると思えば我慢できた。
「ただいまー」
宿の部屋に入ると、
「お、戻ったか」
「おかえりなさい」
「待ってたんだぜ」
先に戻っていた三人の声に出迎えられた。
三蔵は無言のままだったがそれはいつものことで、目視での姿を確認した後、その視線は新聞へと戻されるのが常だ。
だが、この時の三蔵は眼鏡を外して新聞を畳んだ。
「八戒、も戻ってきたんだから早く!」
「がっついてんなー。悟空」
悟空がなにやら八戒を急かし悟浄が悟空をからかう間に、は買い物袋の一つ、こっそり買いたかった物の方を自分の荷物の傍に置いた。
そして――
「ええ、今」
八戒がそう言って取り出した物を見て、
「あ……!」
はつい声を上げた。
の驚いた顔を見て、四人も不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「も一緒にって思って帰ってくるまで我慢してたんだけど……」
「あ、ひょっとして、苦手でした?」
「まあ、俺もこんなに暑くなきゃ食わねーけどな」
口々に言われて、は思わず笑い出してしまった。
「違うの。大好きよ。でもね」
笑い混じりで言いながら、はもう一つの買い物袋から中身を取り出した。
「……私も買ってきたの」
それを見た四人も一瞬の間の後に笑い出した。
八戒が部屋に備え付けの冷蔵庫から取り出したのも、が買い物袋から出したのも、カップアイスだったのだ。
しかも、アイスのメーカーも、味も、全く同じだ。
テーブルの上には小豆ミルク、クッキー&クリーム、ラムレーズン、抹茶、リッチミルク、ストロベリーのカップアイスが二つずつ並んでいる。
よくよく話を聞くと購入の動機も似た様なものだったし、更に、買った店まで同じだった。
「こんなことってあるのねえ」
「やったあ! 二つも食える!」
「同じ味だと飽きるんじゃね?」
「別のにすりゃいいだけだろうが」
「とにかく早く食べましょう。溶けちゃいますよ?」
しゃべったり笑ったり、ワイワイと賑やかに食べ始めた。
二個目の配分はアミダくじで決めたので、なんだかゲームでもしているような気分だった。
偶然がくれた、美味しくて楽しいひと時だった。
end