もう少し
――末っ子という立場は、その未熟さ故にからかわれたりバカにされたりという点さえ我慢すれば、気楽でいいものだ。
この四人のように役割分担がはっきり決まっているのならなおのこと。
実際、年の差はどうしようもないのだから仕方ない。
そう思っていた。
でも、それが少し変わってきたのは……のせい――
「おっ! これ、なかなかうめぇ〜!」
宿の浴場で汗を流した風呂上り。
悟空は宿の売店で買ってもらったソフトクリームにかぶりついていた。
その場でコーンに絞り出すタイプではなくプラスチックのケースに入った市販品だったが、思っていたよりも美味しい。
「部屋に着くまで待てねえのか、キサマは……」
呆れた口調の三蔵に
「だって、早く食わなきゃとけるじゃん」
と言い返すと悟浄が笑いながら混ぜっ返す。
「ダーメ、ダメ。食いモン前にしてコイツが待てるかよ。
『おあずけ』を教えそこなった飼い主が悪りぃ」
「……誰かにぶつかって相手の服を汚したりしないようにだけ気をつけてくださいね」
そう言う八戒が手にするレジ袋の中には、同じく売店で買ったばかりの缶ビールが数本。
とりあえず、部屋に急いだ。
今日、とれたのは大部屋が一つ。
戻ると先に入浴を済ませていたが出迎えた。
寝支度も整え読書中だったらしい。
「あっ、悟空ったら、また寝る前にそんな甘いもの食べて」
「いいじゃん。皆、ビールとか飲んでるだろ?」
「私のはミネラルウォーター」
本を置いて、半分ほど残っているペットボトルを手にとって揺らしたが、悟空の顔を見ながら空いている手の人差し指で自分の鼻の頭をちょんちょんと叩いた。
「 ? 」
「鼻の頭、クリームついてる」
「えっ?」
笑いながら言われて鼻を拭った手の甲に濡れた感覚。
つい、それをペロッと舐めたところで、頭に何かがパフッと被さってきた。
「へっ?」
視界の隅にパイル状の繊維。
(タオル?)
「髪もまだこんなに濡れてるじゃない。
早くアイス食べたくて、よく拭かなかったんでしょ」
その声と共に、頭をゴシゴシと拭かれる。
布越しのの手つきは、まるでマッサージでもしているかのようでとても気持ちよかった。
「じ、自分で拭けるって……」
口ではそう言いながらも、の手を振り払えないのは、本音を言えば嬉しいから。
「はい。じゃあ後は自分でやってね」
タオルを載せたままの頭を軽くポンと叩いて、は悟空から離れた。
止めてもらえてホッとしたような、もう少し続けていて欲しかったような不思議な気持ち……
タオルで頭を拭きながら顔をあげると、他の三人の視線が自分に集中していることに気付いた。
仏頂面の中に不機嫌さを隠した三蔵と、少し呆れたような表情の八戒は何事もなかったように、口につけたままだった缶ビールに視線を落とし、おもしろくなさを前面に出している悟浄が近寄ってくる。
「おらおら、まだこの辺が濡れてっぞ!」
言いながらタオル越しに両手の拳でこめかみをグリグリと挟み込まれて、悟空は堪らずに声をあげた。
「いでででっ!!! なにすんだよ!? このゴキブリ河童!! 離せぇ〜〜!!」
「悟浄! 悟空! やめなさいって!」
止めようとするの声も二人には聞こえていないらしい。
「誰がゴキブリだぁ?」
「他に誰がいるんだよ! 赤ゴキブリエロ河童!!」
そうして喧嘩を始めた二人に
スパパーーン!!
三蔵のハリセンが炸裂した。
「うるせえんだよ! 寝ろ! お前ら!!」
誰よりも大きな声で一喝した三蔵が『フンッ』と鼻をならす。
その後、小さく、しかし忌々しげに吐き出された『ガキ』の一言は誰に向けられたものなのかわからなかったが。
悟空は『はぁいっ!』と条件反射的に返事をしてベッドに飛び込んだ。
「ちょっと、悟空! アイス食べたんだから寝る前に歯、磨きなさいったら!!」
が掛けた声に便乗した悟浄が笑いながらまたからかう。
「寝ションベン垂れねーよーに便所にも行っとけぇ!」
「うるせえっつってんだろうが!! とっとと寝ねえと永眠させるぞ!!!」
「はいはい、皆さん、消灯しますよー!」
……結局、この夜、悟空は歯を磨けなかった。
翌日、移動中にとった昼食の後で、炎天下を走りっぱなしのジープを休ませる為に少し休憩を入れることになり、悟空は木陰に寝転んだ。
目を閉じたところで
「悟空、ハイ、これ」
頭上からの声が降ってきた。
目を開けて、差し出されていたものを受け取る。
「ガム?」
「うん、食後用のね」
言いながらは悟空の隣に座って木にもたれた。
口がもぐもぐと動いているあたり、同じガムを噛んでいるのだろう。
「サンキュー」
お礼を言った後で口に入れると、ミントの味が辛いくらいだった。
「うわ! これ、すげぇ〜〜」
思わずそう言うと、は『歯磨き代わりに噛むガムだもん』と笑った。
「夕方には町に着くみたいだから、今夜はちゃんと歯磨きしてから寝てね。
虫歯になっても旅の途中じゃ続けて治療に通ったりできないでしょ?」
言い返そうと口を開けても言葉が見つけられない。
「わかってるよぉ……」
とだけ答えて悟空はガムを噛み続けた。
構ってもらえるのは嬉しいのだけれど、これでは「弟扱い」というより「子供扱い」だ。
どうしたら、見方を変えてもらえるだろうか?
(もし今、俺が『好きだ』って言ったら……?)
そう考えた時、以前聞いたの言葉を思い出した。
『昔、に彼氏がいたか?』という話になった時のことを。
若い男たちのうけは良かったが、そういったことにはまったく無頓着で鈍感だった。
自分が誰かの恋愛対象になるという考えがない。
相手が出してるラブラブ光線に全然気付かない。
だから、はっきり言われても『冗談でしょ?』とか思ってしまう……
(きっと本気にとってはもらえないんだろうな……)
ちいさな溜め息が漏れた。
たぶん、簡単に『私も大好きだよ』なんて返されてしまうのだ。
まるで小さな子供にでも言うみたいに……
(そりゃ確かに年下だけどさ……)
世話を焼いてもらえるのも、じゃれあうようなスキンシップができるのも、末っ子の悟空だけの特権なのだが、それに甘んじてばかりもいられない。
木にもたれてウトウトし始めているの顔を見上げながら思う。
――待ってろよ――
今にもっと背も高くなって、絶対、が子供扱いなんてできないようなイイ男になってやる。
だから……もう少しの間だけ、『弟』でいてやるよ。
end