大嫌い
宿の部屋で、は一人、本を読んでいた。
BGMに雨音。
本を閉じて、窓に目をやる。
昨夜、町に辿り着いた頃からシトシトと降り始めた雨。
1/fゆらぎを含んだ静かなサウンドは以前なら心地よく感じていたのだけれど……
今は、雨が降ると不安になる。
三蔵の機嫌が悪くなるから。
一人ずつ部屋が取れたのは良かったのか、悪かったのか……
三蔵の様子が気になるけど、気軽には見に行けない。
『雨に辛い記憶があるようだ』とだけ八戒から聞いた。
詳細を尋ねるつもりはない。
三蔵の過去を第三者に聞くのは気が進まないし、三蔵本人に訊くことは絶対にしたくない。
自分だって、雷が嫌いな理由を人に話せるようになるまでは随分時間がかかったのだ。
まだ癒えていない傷を本人に開かせるようなことはしたくない。
いつか、話せるようになった時に、話してくれればいい。
でも……それはいつになるのだろう……
(雷でも鳴れば、それを口実に傍に行けるのにな……)
傍に行って『一人で苦しまないで』と、抱きしめてあげたい。
でも、三蔵は今、それを望んではいないのだと思い直した。
今まで、雨の夜に三蔵に抱かれたことはない。
そんな安っぽい慰めは傷を深くすることはあっても、癒しにはならないだろう。
三蔵を苦しめているものが後悔とか自責とかの類だったら、自分には何もできないのだ。
あんなに助けてもらったのに。
いつも救ってもらっているのに。
自分に出来ることがあるなら何だってしてあげたいのに……
は立ち上がって壁際に寄った。
隣は三蔵の部屋だ。
壁におでこをつけて、言ってみた。
「三蔵……私はここにいるから……いつでもあなたを想ってるから……」
言いながら、涙が溢れてきた。
聞こえるわけがないとわかっていても声に出さずにはいられなかった。
壁一枚の距離がとても遠い。
何もできない自分が酷く情けない。
三蔵が苦しんでいると思うと切なくてたまらない。
(早くやめばいいのに……)
雨なんて……大嫌い……!
end