誕生日
「、さっきから何、読んでんの?」
大部屋が一つしか取れなかった宿の、ずらりと並べられた一番端の布団の上で、なにやらクスクス笑いながら本を読んでいるに悟空が訊いた。
「『誕生日占い』って本。さっき、この宿のお嬢さんに借りたの」
「『誕生日占い』?」
「うん、結構当たってるかも。悟空は4月5日でしょ?
『活発で積極的。何事にも物怖じせず、自己主張も強いタイプ。
自分の気持ちに正直すぎて周囲に迷惑をかけることも』……だって」
「……当たってる?」
「おー! 当たってる、当たってる!
『自分の気持ちに正直すぎて周囲に迷惑をかける』ってとこが特に!」
「なんだよ!? 悟浄!
……、悟浄は? なんて書いてあんの?」
「えっと……11月9日……『正義感は強いが温和で誠実。
寛容な性格の為、わがままな友人に振り回されがち。体力があって健康的』……」
「ナンパな悟浄が『誠実』ですか……」
「『体力があって健康的』ってとこだけじゃん!」
「俺的には『わがままな友人に振り回されがち』ってとこも当たってる気がすんだケド?」
「八戒はね……9月21日……『知的好奇心が旺盛で聡明な完璧主義者。
柔軟性や話術の才に富み、言葉遣いや筆跡も丁寧』」
「……なんか、それいーことばっかり書いてねえ?」
「でも、当たってんじゃん」
「んー、否定はしませんね。三蔵はどうなんです?」
「11月29日は……『勝ち気で、目標や障害をクリアすることに喜びを覚える人。
親分肌で目下に慕われる傾向があり、良いものを見抜く目を持っている』だって」
「……慕われてるか?」
「さあ?」
「フン、くだらねえ」
「でも、おもしろいでしょ? 誕生日って誰にでもあるものだし……
やっぱり特別な日だと思うけど……」
「ただの平日だ」
「本人にはそうじゃないの! ……皆の誕生日もちゃんとお祝いしようね」
「くだらねえこと、くっちゃべってねぇでとっとと寝ろ」
とりつくしまもない三蔵の返事に、は呆れたように肩を竦ませ、本を閉じた。
翌日の夜。
次の町の古い宿でとれたのは四人部屋と一人部屋。
他の三人と時間をずらして宿の浴場で汗を流し、部屋に戻ろうと廊下を歩いていた三蔵の足が何かを蹴った。
コロコロと軽い音を立てながら転がったのは瑠璃色のビーズの塊。
三蔵はそれに見覚えがあった。
がと三人おそろいで作ってくれたというファスナーアクセサリー。
確かはそれを財布につけていたはずだ。
「大事なもんなんだろ、落としてんじゃねえよ……」
拾い上げ、の部屋に向かった。
「これはお前のだろ?」
三蔵が指先で摘んでいるビーズボールを見たは慌てて財布を取り出した。
落としたことにも気付いていなかったらしい。
「ありがと〜〜!」
泣きそうな顔と声で言いながら受け取ったがそれを手でしっかりと握り締める。
そんな様子を見ながら溜息をついた三蔵はふと視線を移して、それに気付いた。
「誰か来たのか?」
テーブルの上には飲み口の開いたバドワイザーの缶と、その横にはフィリップモリス。
がビールはあまり好まないことも、タバコは吸わないことも知っている。
今夜は四人が同じ部屋で、三蔵がこの部屋に泊まることは出来ないのはわかっていることだし、タバコの銘柄を見ても、それらが三蔵のために用意されたものではないことは確かだ。
テーブルの上を見つめながら眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な声での質問に、は悪戯っぽく笑いながら答えた。
「来てくれると嬉しいんだけど」
「……てめぇ、誰を待ってやがる」
「内緒」
「ほう…………じゃあ、身体に訊いてやる」
あっと言う間に絡み付いてきた三蔵の腕に抱き込まれたが慌てた声をあげる。
「わっ! ちょっと待って!! 言うから! ちゃんと言うから!!」
「遅えよ」
「やっ! もし本当にお兄ちゃんが来てたら見られるのは嫌なのぉっ!」
「は?」
突拍子もないセリフに三蔵の動きが止まる。
三蔵の腕の中で、は白状し始めた。
「今日はね、お兄ちゃんの誕生日なの。
直接『おめでとう』って言うのは無理だけど、お祝いしてあげたくて……
これはお兄ちゃんの好きだったビールとタバコ」
「…………」
「あ、ほら、呆れてる……だから、言いたくなかったのよ」
「別に呆れちゃいねえよ」
「死んだ人の年を数えちゃいけないって言うけど、思い出しちゃったら、何かしたいなって思っちゃって……
ただの自己満足なんだろうけど、私はこうしたかったのよ………
笑いたかったら笑ってもいいわよ?」
「笑う気もおきねえよ」
「……昨日、三蔵は『くだらない』って言ったけど、やっぱり誕生日は特別な日だと思うわ」
「…………」
「誕生日ってね、『感謝する日』だと思うの。
『生まれてきてくれてありがとう』『今日まで生きていてくれてありがとう』『出会ってくれてありがとう』『今、一緒にいてくれてありがとう』……
いろんな『ありがとう』って気持ちを相手に伝えるためにお祝いするの」
は三蔵の背中に腕を回し、きゅっと抱きついた。
「だから、私……三蔵の誕生日も、悟空の誕生日も、悟浄の誕生日も、八戒の誕生日も、皆でお祝いしたいわ……
相手が目の前にいてくんなきゃ、『おめでとう』も『ありがとう』も言えない……」
の笑顔が見られるのなら、『お祝い』とやらをさせてやるのも悪くないかもしれない。
が祝ってくれるというのなら、ただの記号にすぎないその日付も、少しは特別なものに思えるかもしれない。
三蔵は、初めてその日を待ち遠しいと思った。
しばらくそのまま抱き合っていた二人の背中を、開けていた窓から入った夜風が優しく撫で続けていた。
部屋を出る前に、三蔵はテーブルのフィリップモリスの封を切り、一本取り出すと火をつけた。
「 ? 」
「タバコは火をつけなきゃ味はわからねえんだよ」
「……ありがとう」
灰皿に残されたタバコが立ち上らせる懐かしい匂い。
三蔵が出て行った部屋の中で、は声に出して呟いていた。
「ねえ、お兄ちゃん。今の人が、私の大好きな人よ……祝福してくれるかな?」
窓からの夜風がタバコの先のオレンジ色を鮮やかにした。
『もちろんだよ、』
そう、言われた……気がした……
end