旅の途中
「はい」
その声と共に目の前に置かれた皿の料理に、早速、ジープは齧り付いた。
町に着いて先に宿を探したために昼ごはんとしてはかなり遅い時間になっていて、お腹はペコペコだったから。
「こんなとこでごめんね」
済まなさそうな顔で言ってくるにジープは首を横にふるふると振って返事をした。
こんな時、言葉でのやりとりが出来ないのが残念になる。
が謝っているのは、『動物』の同伴を断られてしまって一緒に食堂の中に行けなかったこと。
それでジープだけ食堂の脇の路地で食事をしなければならなくなってしまったこと。
再び食べ始めたジープには『待っててね』と声を掛けて店の中に戻っていった。
その背中を見送りながら、ジープは『気にしなくていいのにな』と思っていた。
こんな事はよくあるし、別に気にはならない。
逆に気を遣わせるのが申し訳ない気がする。
今も、は地面に皿を置くことをためらって、そこら辺にあった空き箱をテーブル代わりにセッティングしてくれた。
皿の上には肉が主な料理と少しの野菜。
ネギの類がないのが嬉しい。
人の言葉が喋れたらそんな気持ちも伝えられるのに……
野性の勘というやつか、悟空は自分の言いたいことをわかってくれるけれど、には細かいニュアンスまでは伝わらない。
「ごしゅじん」である八戒のことをいろいろと手伝ってくれるには感謝しているし、労ってあげたくなる時もあるのだ。
皿に盛られたものを食べ終わって、お腹が膨れた満足感の中でジープは空想した。
大きくなったらキャンピングカーに変身できるようになりたいな。
そうしたら、もっと皆の旅が楽になるだろう。
もし、車以外に変身できるなら、人の形になれたらいいな。
そうしたら、いろんな事を話せるし、こんなふうに店の外で皆を待つこともないだろう。
妖怪と戦うのは難しいかもだけど、それ以外のお手伝いなら少しはできるだろうし。
ああ、でも、ヒトになれても子供の姿だったら悟浄あたりは誘拐犯に間違われちゃうかも?
そんな事を考えて一人で楽しい気分になっていたジープの耳にその声が飛び込んできた。
「おにいちゃん、どうしたの? だいじょうぶ?」
不安そうな子供の声。
聞こえてきた方を見ると、ジープのいる路地を挟んだ隣の空き店舗の前に女の子が立っていた。
その隣には座り込んでいる男の子。
たぶん、女の子の「おにいちゃん」だろう。
男の子の方はなんだか顔色が悪くて、女の子の方はそれに気付いているけどどうしていいかわからないで困っているという感じだ。
二人の周りには親らしい大人はいないし、この場所自体が裏通りだということもあって通行人もいない。
ジープがどうしようと思っている間にも女の子の声は泣き声に近くなっていく。
放っておけなくなってジープは動いた。
食堂の入り口から中を覗いてみる。
幸い、入り口のドアは開け放しになっていて、皆が座っているテーブルも見えた。
ただ、五人で円卓を囲んでいて、八戒はこちらに背を向ける位置にいる。
ジープの場所から顔が見える悟空は食べるのに夢中だし、三蔵や悟浄は他の客の陰になっていた。
他の客の頭越しに横顔が見えるだけが頼りになった。
たぶん、声を出しても皆に聞こえないだろうし、それで店の人に追い払われても困る。
なんとか気付いてもらおうと必死で首や羽を動かした。
やっとがこっちを見てくれた時にはホッとした。
不思議そうに小首を傾げるに向かって更に首や羽を振ると立ち上がって来てくれた。
「ジープ、どうしたの?」
店の外まで出てきてくれたのデニムの裾を咥えて誘導しようとしたら、はすぐに子供たちに気付いてくれた。
女の子の方がもう泣き出していたからだ。
二人に声を掛けたは二言ほどのやりとりで、男の子の方の体調がよくない事も、それで女の子が泣いている事も察したらしい。
男の子は熱があるようだった。
が泣いている女の子をどうにかなだめて話を聞くと、家で寝込んでいる母親の薬を貰いに病院に行くところだったという。
いつも二人でお使いに来ているのだと。
「いつも行ってる病院なら、お兄ちゃんも診てもらえると思う。
きっと大丈夫よ。ちょっと待っててね」
女の子を元気づけるように優しく言って、一旦、食堂の中に戻ったは八戒と二人で出てきた。
たぶん、二人を病院まで送ってやることになったのだと思ったジープは変身し、『すごーい』と声をあげた女の子は幾分か元気になったようだ。
予想通り連れて行くことになった病院は割りと近くにあった。
車の姿のまま外で待っていたジープには中の様子はわからなかったが、結局、八戒とは子供たちを家まで送ってやることにしたらしい。
家までの距離は3km程との事で、12歳と八歳の兄妹の足でも歩けるだろうし、実際、いつも往復していたらしいが、風邪と診断された男の子の熱はまだ高いようだ。
「せっかく一休みできるところだったのにすみません」
そう謝って運転席に座った八戒に
「キュー!」
としか返せないのがもどかしい。
――そんなことないよ。あの子たちを見つけたのはぼくだし、ぼくなら大丈夫――
言葉が話せるなら、そう伝えたかった。
なんだかんだいってもこの人たちは困ってる人を見過ごせない事を知ってる。
そして、そんなところが好きだから、この人たちを運ぶのは苦じゃないのだ。
送っている途中も、八戒の運転が、急ぎつつも車に乗るのは初めての子供たちが酔ったりしないように丁寧だったことはわかったし、後部座席のが、横になった男の子に膝枕を貸し、隣に座った女の子の肩を抱いて不安がらせないように気を遣っていたこともうかがい知れた。
『メシぐらいゆっくり食えよな』とか文句めいたことを言いながら八戒とを見送った食堂に残った三人も、きっと、二人が帰ったら『お疲れさん』とか言ったりするんだろう。
なんだか光景が目に見えるようでジープはこっそり笑っていた。
子供たちの家は町から少し南に行ったところの林を抜けた先の小さな集落にあって、家の中には母親と子供たちの祖母にあたるお婆さんがいた。
八戒とが事情を説明すると、しきりに恐縮しながら感謝の言葉を並べ、男の子を休ませた後で、せめてものお礼にとお茶を淹れてくれた。
今回はジープも一緒にご相伴に預かったが、お茶請けに出されたお婆さん手作りのあんまんが絶品だった。
ご馳走になりながら聞くと、子供たちの母親は喘息で、普段はそう酷くもないのだけど、昨夜、発作が出たので今は大事をとっているとのこと。
お婆さんは加齢のせいで膝の具合があまり良くないが、子供たちがいろいろと手伝ってくれるのだと目を細め、女の子はお手伝いするとおばあちゃんがあんまんを作ってくれるのが楽しみなのだとか、『でかせぎ』に行ってるお父さんがもうすぐお土産を持って帰ってくるのだとか、嬉しそうに笑いながら話した。
最初、病気の母親と子供たちの三人の暮らしなのだろうかと思っていたジープは、そうじゃなかったことに安心し、それは八戒とも同様らしかった。
結局、お茶もおかわりして、見送りは玄関までにしてもらってその家を出た。
女の子が笑顔で手を振っていたのが、なんだか嬉しかった。
ジープが変身すると、は
「一度、座ってみたかったのよねー!」
と、助手席に乗り込み、八戒とジープは笑った。
「つい上がりこんじゃったけど、皆、待ってるのに悪かったかな?」
「少しくらい待たせたって別に構いませんよ。
『お礼に是非』ということでしたから、お断りするのもなんでしたし」
「でも、買出しもしなきゃでしょ?」
「所要時間の短縮はできますから。
悟空の買い食いや悟浄のナンパを我慢してもらえばいいことです」
「あはは! それは確かに!
そうね、おばあさんたちには喜んでもらえたし、美味しいお饅頭も食べられたし」
「それは悟空には内緒にしておいた方がいいですよ?」
「うん、そうする」
そんな事を話している二人を乗せたジープが林に差し掛かったあたりだった。
「ん?」
が小さく声を発した。
「どうかしましたか?」
「今、なんか踏んだみたい」
そこで一旦会話が途切れたのは、恐らくが足元を覗き込んだためだろう。
そして
「あっ! ちょっとコレ!!」
と、の少し慌てたような声が聞こえ、八戒の大きなため息がそれに応えた。
「……これってマズイよね?」
「ええ、あの三人、『食事が済んだら先に宿に戻る』って、言ってましたからねえ。
持ち合わせもあまりないはずですし……」
「お茶をいただいてた分、時間も余計に過ぎてるしね……」
何事だろうと思っているジープを八戒は停め、二人は降りた。
そして、前方にまわってきた八戒の手にしている物を見て、やっとジープにも状況が呑み込めた。
なるほど、これは大変だ。
「すみません。これをあの三人に届けてやってもらえますか?
まだあの食堂にいると思います」
「っていうか、出してもらえてないよね……」
「少しでも早い方がいいでしょうし、僕たちは歩いてでも帰れますので」
「うんうん」
変身を解いたジープは
「キュ〜」
と、返事をして、差し出されている物をしっかりと咥えた。
「申し訳ありませんが、できるだけ大急ぎで……」
「落とさないように気をつけてね」
首だけでコクコクと頷いてジープは飛び上がった。
直線距離で町へと急ぎながら、ジープは思っていた。
言葉が話せなくて不便に思う時も人の形になれたらと思う時もあるけど、今の自分でもあの人達の役には立てているし、自分にしかできない事もあるらしい。
――まだ、旅の途中なんだし、ぼくがしっかり頑張らなくっちゃ! ――
向かい風の中、ある意味、あの子供たちよりも手のかかる三人の待つ店へと飛んでいくジープの口で、咥えられた三仏神のカードが風圧に耐えていた。
end