安心
いつの間にか、雨が降り始めていたことに気付いて、三蔵は窓へと視線を向けた。
カーテンの閉まった窓越しに、シトシトという静かな雨音が聞こえてくる。
午後から降り始めた雨は夜になって一旦止んでいたのだが、また降り出したらしい。
(……どっちにしろ、明日の出発は無しだな)
朝までに雨が上がったとしても、出発は見送るしかないだろう。
自嘲に唇の端を上げ、三蔵は雨以外のもう一つの出発できない理由を見やった。
自分のすぐ隣で眠っているを。
は、眠るというよりも失神に近い形で意識を失くした。
そうさせたのは自分だ。
昔の知人と再会したことで、急遽、他の連中と別行動をとることになったのはこの町に着いてすぐのことだ。
『に緊急事態が起きた』と、予定より早く八戒が迎えに来たのが数時間前。
その『緊急事態』とは、悪意のある第三者に怪しげな薬を盛られたという事だった。
(……だから、コイツから目を離すとロクなことがないってんだ……)
媚薬の類を飲まされて、中和剤もない、となれば、対処法は一つだった。
がそういう状態であることや、自分自身、数日間、禁欲的な生活を余儀なくされていたこともあって、散々、好き放題にしてしまった。
きっと、明日、は起き上がることはできないだろう。
眠るを腕に抱き込むと、ぬくもりや息遣いが伝わってくる。
それを心地良いと感じる自分がいることも、それで自分の気持ちが穏やかになることも、三蔵は知っていた。
危うく他の男に手を出されるところだったことに対する苛立ちも、存分に抱いて独占欲と征服欲を満たしたことで消え、身体に残る疲労感でさえ満足感を誘うものになっている。
決して口に出して言ってやることなどしないが、離れている間、夜毎に、のことを考えていた。
昼間は法要に集中することで無理やりに頭から閉め出していたが、夜、自室で一人になるとの顔が目の前をチラつき、床に入るとの白い肌が脳裏に浮かんだ。
そんなふうに悶々と夜を過ごしていたことなど、ましてや、今日の午後、雷の音を聞いた時、法会の最中だというのにのことが気になり集中を欠いてしまったことなど、口が裂けても言いたくない。
しかし、そのことも、今、こうして満ち足りた気持ちでいることも、紛れもない事実だ。
雨の音さえ静かに聞き流せる自分に半ば呆れながら、三蔵は目を閉じた。
日常に戻って心は平穏だが、身体は休息を求めている。
今は眠ろう。
腕の中のの鼓動を感じながら、意識を手離した。
end