大きな手

手持ち無沙汰で、でも、どこかホッとした気分の待ち時間だった。

その日、町に着いたのは夜になってからだった。

まず目についた食堂でとり急ぎ空腹を満たし、次に見つけた宿に入った。
空いているのは四人部屋が一つだけということで、困っていたら応対していた女性が言ってくれたのだ。

『少し狭くなるかもしれませんが、それでもよろしければ予備のベッドを入れることはできますよ』

今から他の宿を探すのも手間だし、少しくらい狭くなっても野宿よりはマシだ。

一行はその申し出を受け、現在、ロビーに置いてあるソファーに腰掛けて部屋の準備ができるのを待っている。

会話はないけれど別にそれが苦というわけではなく、しかし、持て余すほどではないけれど暇。
そんな時だった。

パタパタといった感じの軽い足音と共に子供の声が聞こえた。

「おかあさん! できたよ! みて〜!」

言いながら小走りでやってきたのは一人の女の子だった。

五、六歳くらいに見えるその子はたぶんこの宿の子だろう。
顔立ちがよく似ているので、この子の言う『お母さん』はさっき対応してくれた女性のことだと推察できた。

女の子は一行の存在に気づいて足を止め、母親の姿が見えないことに顔を曇らせる。

動いたのはだった。

ソファーから立ち上がり、女の子の傍にしゃがみこんで言う。

「お母さんね、今、私たちの泊まる部屋の用意をしにいってくれてるのよ」

そして、戸惑っているような表情で自分を見上げている女の子の手許を見ながら続けた。

「せっかく見せに来たのにごめんね」

女の子の両手は身体の前である形状に保たれたままで、指や手の間にはピンク色の毛糸が渡されていた。
いわゆる一人あやとりのほうきだ。
きっと、これを母親に見て欲しかったのだろう。

「上手に出来てるね」

そう言って笑いかけたに女の子もやっと表情を和らげ、二人はなにやら話し始めた。

が子供好きなのは知っているし、飛び込みの客――つまり自分たち五人だ――の対応で忙しい母親の代わりに相手をしてやるつもりなのだということもわかる。

どうせ母親が戻ってくるまでのことだ。
トラブルの元になるようなことだとも思えないし、咎めだてるようなことではない。

なにより暇なこともあって四人はソファーに座ったまま、あやとりを始めた二人をなんとなく見ていた。

の手が大きいな」

独り言のようにボソッと言った悟空に他の三人が笑った。

「たりめーだろ!」

「いくらが僕たちの中では一番小柄といっても、子供と比べれば大きく見えますよ」

「何を言うかと思えば……」

「ちげーよ! そーじゃなくて……
大きさが違うのに、よくあやとりできんなって意味!」

悟空は少しむきになって言い返し、そのセリフにつられるように全員の視線が再び二人の指遊びに向けられた。

毛糸は子供の手のサイズに合わせて輪にされているようで、確かにの手には短いようだ。
だが、は器用に指を動かして糸をとったり、一人でのやり方を教えてやったりしている。

疲れているだろう時に物好きな、と、思えなくもないが、微笑ましくもあった。

そして、そんな光景を見ながら、四人はそれぞれに思い出していた。

――晴れた空に橙色の紙飛行機を飛ばしたお師匠様の手――

――岩牢の中に差し伸べられたきらきらの手――

――崖から落ちそうになった自分を助けてくれた兄の手――

――幼い頃に世話をしてくれたシスターの手――

育て、導いてくれた。

救い、連れ出してくれた。

守り、助けてくれた。

諭し、送り出してくれた。

記憶の中のそれらの手は大きくて優しい……

「お待たせいたしました」

その言葉と共に宿の女性が戻ってきての子守りを終わらせ、同時に男たちの回想もそこまでとなった。

が、一度、思い出したものは、その夜、何故か、なかなか頭から離れてはくれなかった。
いつもの宿での夜のように過ごしながら、ふとした拍子に自分の手が気になってしまう。

今まで意識したことすらなかったけれど……

時が経過し、身体も成長した。
その分、手もあの頃よりはサイズアップしているが、この手は『あの手』と同等の『大きさ』になれているのだろうか?

追いつきたいわけでも目指しているわけでもないし、渡す次の誰かなんて見当もつかない。
だか、『あの手』から受け取った物は無駄にしたくないと思う。

(どうすればいいかなんて、まだわかんねえけど……)

(とりあえず、気付いただけでも進歩ですね)

(ま、この旅が終わったら考えてもいいか)

(まずは経文を取り戻す)

――今、やるべきことは、他にある――

柄じゃない。
らしくない。
しかし、煩わしさや不快感のない不思議な感覚の考え事。

断続的に続いたそれに四人はそうケリをつけた。

「お茶、淹れたよ」

その言葉の発生源に視線を送ると、がテーブルに湯呑みを置いているところだった。

そうとは知らないまま男たちに遠い日の何かを思い出させた、この中の誰よりも小さな手。

ひとまずは、この手の献身に応えながら今までどおり旅を続けることにしよう。

それぞれに口に運んだ茶はいつものように美味かった。

end

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