夢
(ここ、どこ……?)
はぼんやりした頭でそう思った。
目の高さに沢山の花が咲いている。
まるでお花畑の中で横になっているかのようだが、それにしては花がやけに大きい。
でも、綺麗だな、と思っていると風が吹いて花々が揺れ、自身も揺れた。
それでやっと気付いた。
(ああ、これは夢なんだ)
夢の中で、自分も花になっているのだ。
変な夢だけど、綺麗な景色だからいいか、なんて、思った。
空は青いし、風も気持ちいい。
なんとなく楽しい気分になっていると、誰かの手が触れた。
身体が大きく傾いて、プツリという感覚と共に手折られる。
少し痛かったけれど、それ以上にその人物の顔に驚いた。
(……悟空……?)
が知っている姿よりはずっと幼いし、後ろ髪も長いが、茶色い髪と金晴眼、額にある金鈷を見れば、悟空に間違いない。
不思議に思ったけれど、悟空がニコニコと嬉しそうに笑っているので、こちらまで嬉しくなってくる。
お日様みたいな笑顔がとても可愛かった。
大事そうに運ばれた後、コップに生けられた。
置かれたのは殺風景な部屋の机の上。
「うん、いいじゃん」
悟空は満足そうに笑って部屋を出て行った。
(誰の部屋だろう……?)
他に机の上にあるのは書類の束とインクの瓶。
必要最低限の物しかない様子から言っても悟空の部屋ではないだろう。
きちんと片付いてはいるけれど、なんだか寒々しい印象を与えられる部屋だ。
悟空が花を飾りたくなった気持ちがなんとなくわかった。
しばらくすると部屋の主らしい人物が入ってきた。
(誰……?)
その人物は机上に一つ増えた物を一瞥して、小さくため息をつき席に着いた。
そのまま、書類にペンを走らせたり、角印を押したりし始める。
(この人の仕事部屋なのかな?)
黙々と仕事を続けるその人をまじまじと見つめた。
金色の長い髪、紫の瞳、額のチャクラ、少し不機嫌そうな表情……
三蔵に似ているけれど、三蔵ではない。
しかし、紙が立てる音しか聞こえない静かな空間を満たす空気は、新聞を読む三蔵と一緒に過ごす時のそれと似ていて、心地いい。
浸っていると、部屋に来訪者があった。
長い黒髪に肌が透ける白い衣。
初めて見る顔だけど、何故か声には聞き覚えがあるような気がする。
軍の元帥がどうとか、上層部がどうとか、あまり穏やかでない会話の後、来訪者は机の上の物に目を留めた。
「これは?」
「あの猿が勝手に飾ったんだよ。その辺で摘んできたんだろ」
「ふーん、キレイじゃねぇか」
「……そうだな」
そのやりとりを聴いて、やっぱりこの人は三蔵じゃない、と、は思った。
こういう場合、三蔵はたとえそう思っていたとしても、素直に同意なんてしないだろう。
ただ、「こんぜん」と呼ばれたその人が、一瞬見せた穏やかな表情が、とても印象的だった。
次に気付いた時、は舞い落ちる花びらの中にいた。
辺りは暗いので、どうやら夜らしい。
(……桜? ……綺麗……)
夜の闇の中、薄桃色の花びらがハラハラと絶え間なく降り注ぐ光景がとても綺麗だ。
見惚れていると、声が聞こえた。
「お前達……実はヒマなんだろ」
「ヤですね。人聞きの悪い」
声のした方を見ると、四人の人物がいた。
悟空と、こんぜんと呼ばれていた人と、あとの二人は初めて見る顔だった。
(ああ、私、今度は桜の木になってるんだ)
四人は足元に座り込んでいて、悟空は肉まんにかぶりつき、他の三人は杯を手にしている。
夜桜の下での花見というところだろう。
短髪で黒い服を着た人は、髪の色も目の色も違うけれど、なんだか悟浄に似ていると思った。
白衣を着たメガネでセミロングの人は、八戒に似ている気がする。
そのうち悟空と悟浄に似た人は木登りを始めて、「てんぽう」と呼ばれる八戒に似た人と「こんぜん」は、難しい顔で「とうしん」がどうとか話していた。
「――まぁ、ここの桜より下界のヤツの方が断然美人だがな」
「…同じ桜じゃあないのか?」
「生き様が違うんだよ」
「……そうか。見てみたいモンだな」
そんな会話の直後に悟空が木から落ちて「こんぜん」を直撃して、悟浄に似た人は大笑いして、「てんぽう」は冷静に状況の判断をしたりしていて、そんな様子もなんだか三蔵たちに似ているような気がした。
皆、笑ってて、楽しそうで……
だから、も枝を揺らして沢山の花びらを降らせた……
「おい! 起きろ」
そう声を掛けられて、の意識は引き戻された。
「んー……」
起き上がった目に映る金色の人影。それは、今、夢に出てきた人物。
『え?』と思って瞬きを繰り返すと、見知った四人の顔になった。
「? ……三蔵…よね……?」
移動の途中、昼食後の休憩では木によりかかったまま、うたたねをしてしまっていたのだった。
なかなか起きなかったのか、四人に取り囲まれるような形になっている。
「……寝惚けてんのか、テメェ?」
「……かも……なんか、変な夢、見たし……」
「へえー、どんな夢だったんだ?」
悟空に訊かれて、返事に困った。
確かに夢を見たのに、内容が思い出せない。
「…………忘れちゃった……」
「何だよ、それ〜!」
悟空は肩透かしをくったようにガクッと頭を揺らした。
「でも、嬉しい夢だった気がする」
「じゃあ、良かったんじゃねーの?」
「そうですね。穏やかな顔で寝てましたし、悪夢の類じゃなかったんでしょう」
「いつまでくっちゃべってんだ。とっとと出発するぞ」
「「「「 はーい 」」」」
バタバタと乗り込んだジープが発進する。
が寄りかかっていた桜の木が風に吹かれ、それを見送るように枝を揺らしていた。
end