満月

野宿の後一日ジープを走らせて、日没後にようやく着いた町はなにやら祭りの最中だった。
いくつもの通りにずらりと屋台や出店が並び、人々が賑やかに行き交っている。

「うわぁー! 美味そうな食い物がいっぱい〜!」

「こんだけ人出がありゃあ、ナンパのし甲斐もありそうだな」

「……死ね。バカども」

「でも、イベントがある時って宿が取りにくいよね? 泊まれるとこあるかな?」

「そうですね。まずは宿を確保しないと」

そこで取り急ぎ宿を探し、数軒目でなんとか二部屋を確保することができたが、飛び込みだった上、時間も遅かったので、夕食の用意はできないとのことだった。

部屋に荷物を置いた後で、五人は再び、騒がしい人通りの町へと出て食堂を探した。

しかし、なかなか空いているところがない。
もう屋台の焼そばあたりで済ますしかないのかと思い始めた頃、やっと入れそうな店を見つけた。

それぞれに好みの料理を注文し、約二日ぶりのまともな食事に過半数の者は満足していたが、食事だけでは治まらないものも二人ほどいた。

「屋台の食いモンが!」

「女の子たちが!」

「「俺を呼んでいる〜〜!」」

そう声を揃える悟空と悟浄は祭りに行く気満々だった。

「……呼んでませんって……」

「……はいはい」

二人が遊びたがるだろうという予想はついていた八戒とは止めても無駄だろうという事もわかっていた。

「……バカは放っておけ」

「そういうわけにもいかないでしょう。この二人の組み合わせでは心配ですし。
三蔵とは先に帰っていてください」

「いいの? 八戒一人じゃ大変じゃない?」

「野宿の後だから、早くゆっくりしたいでしょう?
僕は慣れてますから大丈夫ですよ」

八戒はそう言って、すでに人混みの中に消えつつある二人を追っていき、残された二人は宿に戻ることにした。

が――

「三蔵! ちょっと待ってよ」

「またか? とっとと歩け!」

少し間が空いても目立つ姿だから見失う心配は少ないとはいえ、通りに溢れる人々の間を縫うようにしながら三蔵についていくのはにとってはひと苦労だった。

しかも、その混雑は食堂に入る前よりも増しているように見える。
酒が入っている者も多いせいか、「祭」という非日常のせいか、喧嘩騒ぎの声もよく聞こえていた。

声を掛けると止まって待ってくれるだけまだマシだったが、度重なると三蔵の機嫌が心配になってくる。

「だって、人混み歩くの苦手なんだもん」

追いついたは言いながら汗を拭った。
別に走ったわけでもないのに息も上がっている。

『だから、もう少しゆっくり歩いて』とは頼みたかったのだけど、三蔵の眉間の皺を見て諦めた。
騒がしいのが嫌いな三蔵は早く宿に戻りたいに決まっている。

振り向いてを待っていた三蔵がウザそうに舌打ちした。

(あっ、怒らせちゃった……)

はそう思ったのだが……

「……しょうがねえな…………ほら!」

その言葉と共に伸ばされてきた手が目に入って

「……えっ?」

一瞬、状況が理解できなくて、三蔵の顔とその手を交互に眺めてしまった。

「はぐれられて、探し歩く面倒なんざ、ごめんだからな」

仏頂面で不機嫌そうな口調だったが、一連の言動が意味することはわかった。

(でも、本当に……?)

三蔵がそんなことをしてくれるなんて、まったくもって意外で、夢でも見てる気分だ。

「なにやってんだ? 早くしろ」

急かされて、躊躇いつつ伸ばした手を三蔵のそれに重ねた。

すぐに前を向き直した三蔵の表情はわからなかったけれど、しっかりと握られた手の力は強くて、温かくて、の心拍数は急ぎ足で歩いた時よりも上がっていた。

言葉を交わすわけでもなく、手を引かれるままに歩いているだけなのに、なんだか顔を上げるのも恥ずかしくて、でも、嬉しくて、笑顔になるのをおさえられなくて……

(この人混みがずーっと続けばいいのに……)

そんなことを考えていた時、三蔵がスッと横道に入って行った。

「えっ? 宿、そっちだったっけ?」

が思わず声を掛けると、

「人の多いところは煩くて敵わんからな」

というこたえが返ってきた。

確かに二人が入って行った道は、さっきまでいた通りよりも人が少なかった。
ただ、本通りから離れた分、座り込んでいる酔っぱらいがいたり、大きな声で言い合いをしている連中がいたりと、少し危なっかしい。
でも、三蔵と一緒だから大丈夫だ。

「うん。こっちの方がまだ歩きやすいね」

はそう言って、安心してついていった。

それからも二人は、時々道を曲がって、人通りの少ない静かな道を選んで行った。
かなり遠回りしている形になっていたが、別に構わなかった。

いつの間にか、祭りの喧騒も遠くなっていた。
人もいず、灯りもない道を並んで、でも、手は繋いだままで歩いている。

黙って歩くのも照れくさくて、は口を開いた。

「街灯もないのに明るいと思ったら、お月様が出てるよ」

見上げた空には丸い月が輝いている。

「ああ。満月だな」

三蔵も空を見上げたらしい。

「今夜のお祭りがやたら盛り上がってるのも満月のせいかもしれないね」

「あん?」

「ほら、『満月は人を狂わせる』っていうじゃない?
満月の夜って興奮しやすくなるんだって」

「……かもな」

そこで会話が途切れて、沈黙が寂しくなったはさっきから思っていたことを言ってみた。

「……なんか、初めてだね」

「なにが?」

「こんなふうに、街中で手を繋いで歩くのって」

「嫌なら離すぞ」

言うなり三蔵の手からは力が抜けた。

「やだ!」

離れそうになる手をは慌てて握り返し、思わず足を止めた。

「このままがいい……」

言ってしまった後で、ずいぶん子供っぽいことをしてしまった気がして恥ずかしくなった。

一歩先になった三蔵がこちらを振り向くが、はその視線から逃げるように俯いてしまった。
きっと、顔は赤くなっている。

三蔵はそんなの様子を見て、フッと口角をあげた。

酔ってるわけでもないがこんな我侭をいう事は珍しい。
俯いているがどんな顔をしているのか見たくなった。

空いている手の指先での顎を持ち上げる。

そうされるとは思っていなかったのだろう。
目に入ってきたのは驚いたような表情で、だが、頬には朱が走っている。

先ほどのがしていただろうはにかんだ笑顔が見たくて、再び俯こうとする顔を捕まえて口付けた。

「ん……」

小さく声を立て、ピクリと震えた身体が離れて行かぬよう、繋いだ手に力を込めた。

(……そうかもな)

――満月は人を狂わせる――

いろいろと理由をつけて、手を繋いだのも、わざわざ遠回りしたのも、今、こんなことをしているのも……

……たぶん満月のせいだ。

end

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