不機嫌
到着したばかりの街中を買出しや宿探しをしつつ歩きながら、悟浄はふと、立ち止まり、振り向いた。
人混みの中を歩くのが下手ながちゃんとついてきているかどうかを確認するために。
少し遅れているがそれに気付いて足を速め追いついてくる。
「いつも待たせてごめんね」
言ってくる申し訳なさそうな顔に
「いーんだよ。好きで待ってんだから、気にすんな」
そう笑顔を返しながら、心中は複雑だった。
立ち止まっている自分を見つけるまでのの視線の動きを思い返す。
他の所を見ていた目が、視覚の中で動きを変えたものに気付いて移動し、待っている自分を発見する。
それはいつものことで、つまり、がついていく目印にしているのは、一番背が高く、それなりに派手な色で、最も目立つはずの、しかも度々振り返る自分の頭ではなく、後ろを気にして振り向くことなど頻繁にはしない金色の頭なのだ。
つい、目が追ってしまうだけのことなのだろうという事は理性的にはわかる。
しかし、それとは別で、『おもしろくない』と思ってしまう感情があるのも無理はないのだった。
のペースに合わせてゆっくり歩きながら、悟浄はそれを気取られないようにとりとめのない会話を続け、下降した気分を浮上させるべく、さりげなくの肩に手を回した。
旅に加わって間もない頃は悟浄のこういう動作に当惑するような反応を見せていただったが、今では慣れたのか諦めたのか特に意識するふうもなく、その状況を受け止めている。
それは、少しずつ少しずつ拒絶されない程度のスキンシップを重ねての感覚を麻痺させてきた悟浄の努力の賜物だった。
もっとも、それも『もうこれ以上はマズイよな』という限界には来ていたし、と三蔵がそういう関係になってからはあまりできなくなってしまっているのだが。
(ほら、来た……)
殺気を含んだ強い視線を感じて、仕方なく、の肩から手を離す。
(後頭部に目でもついてんのか? この最高僧サマは……)
三蔵は、が遅れて歩いていても後ろを気にする素振りなど見せないくせに、悟浄がの肩を抱いたり、腰に手を回したりしている時に限って、振り向いてくるのだ。
心地よい場所から追われた手をポケットに突っ込み、ささやかな楽しみを邪魔された苦々しい気分は自分の冗談に笑ってくれるの笑顔で誤魔化した。
男二人の静かな鞘当てに気付かないの鈍感さを有難く思うと同時に、少し恨めしかった。
数時間後、悟浄は一人で夜の街中をうろついていた。
目的はもちろんナンパなのだが……
(なかなか『コレ』ってのが、いねーなー)
清純そうなタイプは後腐れがしそうだとか、遊び慣れてるふうなのは金がかかりそうだとか、いろいろと余計な事も考えてしまうし、何より、ピンとくる相手がいない。
そして、そうしているうちに気付いてしまった。
に似た雰囲気や面差しの女を探してしまっていることに……
思わず天を仰いだ。目を閉じて深く息を吐いてやるせない思いを噛みしめる。
(……今夜はもうダメだな……)
女を引っ掛ける気など、すっかり失せてしまった。
しかし、そのまま宿に帰る気分にもなれない。
今夜は全員分の部屋が取れたので、宿に戻っても部屋の中で一人、悶々と過ごすだけだ。
結局、いかにも流行っていなさそうな寂れた店構えのバーに入り、カウンターで時間を潰すことにしたが、そもそも飲んでも酔えそうになかったし、安いことだけが取り得の酒はグラスを重ねる気にさせない。
ため息とタバコの吸殻だけが溜まっていく。
店内の澱んだ空気と今の気分が妙にハマっていて、自虐的な笑みが漏れた。
不毛極まりない時間を過ごしたバーを後にして、宿に戻ったのは深夜と言っていい時刻だった。
小さな常夜灯だけがほのかに照らす静まり返った廊下を歩いて、角を曲がったところで足が止まった。
誰もいないだろうと思っていたその先に人影があったからだ。
暗い中でも目立つ白い法衣が開いたドアの中に消える。
(……あの部屋は……)
自分の部屋に戻るついでに確認したが、やはり、三蔵が入っていったのはの部屋で、今頃、中がどんなことになっているのかは容易に想像できた。
(……てめぇばっか、いい思いしやがってよ!!)
こっちは趣味のナンパも不調で、虚しく一人寝を余儀なくされているというのに、あの生臭坊主はその不調の原因の張本人とよろしくやっているのだ。
こんな理不尽なことがあろうか!?
八つ当たりだと言われても、僻みだと言われても、納得できないものは納得できない。
戻った自分の部屋の中で、怒りとも、哀しみともつかない感情がふつふつと沸き上がるが、どこにもやり場がない。
脱いだ上着を投げ捨てて、飛び込むようにベッド倒れこんだ。
結局はふて寝するしかないのだ。
何度か寝返りを繰り返した後で大の字になり、誰にともなく悪態をつく。
あ゛〜〜クソ面白くねェぞ!! 俺は〜〜〜!!!
end