雪
宿の部屋で、はミルクティーを飲みながら、一人の静かな時間を過ごしていた。
窓の外はどんよりとした曇り空。
一階にあるこの部屋から見える裏庭の草木も、真冬の冷たそうな空気に震えているように見える。
風邪が治ったばかりの身体でジープに揺られた後だから、と、買出しに付いていくのは断られた。
同室の三蔵は皆が帰ってくるのを待ちきれずに、切れたタバコを買いに行っている。
エアコンもない古い宿で用意されていた暖房は石油ストーブで、ヤカン付きなのはお約束。灯油の燃える匂いと、静かに沸くお湯の音はノスタルジックな気分を誘い心地良かった。
(でも、今のうちに少し換気しておいた方がいいかな?)
三蔵がいる時に窓を開けると文句を言われるだろう。
立ち上がり、窓に近づいた。
「あ……」
それに気づき、ベッドから毛布を持ち出した。
羽織ってから、窓を開ける。
重そうなグレーの空から、降りてくる白い結晶。
見上げながら、の顔は自然にほころんでいた。
子供の頃から雪は好きだった。
冬枯れた景色を白一色に覆って、見慣れた風景をまったく別なものに変え、外で遊んでも寒さなど感じさせない雪は魔法のように思えたものだ。
雪だるまや雪うさぎを作ったり、皆で雪合戦をしたりするのがとても楽しかった。
(綺麗……)
羽毛のような雪が、次から次へとフワフワと舞い落ちる。
見上げた姿勢のまま、そっと目を閉じてみた。
冷たいけれど、その分清々しい空気を吸い込む。
この心地よさはなんだろう?
しばらくそうしながら、ふと、思った。
(……三蔵からのキスを待ってる時みたい……)
思わず笑ったその時、ふっと暖かい気配を感じた。
そして、次の瞬間には唇が塞がれていた。
「! ……んっ……」
同時に後頭部を押さえられていて咄嗟に逃げる事はできなかった。
反射的に開いた目に飛び込んできたのは、金糸の髪。
唇の中に広がるのは馴染みのあるマルボロの味と香り。
解放されて後ずさると、目の前にいたのはやはりその男だった。
窓の枠に登った三蔵は唇の端を笑みの形に上げている。
「いきなり何するのよ!? ……びっくりしたぁ……」
「お前、隙だらけだな」
「わざわざ裏庭に入り込んで、その上、窓に登ってまでそんな事する人がいるなんて思わないわよ! ……って何、そのまま窓から入って来てるのよ?」
「こっちの方が近かったんだよ」
そのまま窓から部屋に入った三蔵は窓を閉めた。
「大体、風邪が治ったばかりの人間が窓開けて雪見なんてしてんじゃねえよ」
「……寒くないようにしてたもん」
動いた拍子に落ちそうになっていた毛布を羽織りなおして、三蔵の肩に残っていた雪をはたいた。
「三蔵は冷たくなってるね」
「……外にいたからな」
「ストーブにあたってて。今、暖かいもの淹れるから」
振り向いて一歩踏み出したところで
「いや、こっちの方がいい……」
後ろから抱きしめられた。
「えっ!? ……っと……あの……三蔵?」
「……お前は暖かいな」
少し慌てたけれど、嬉しく思ってしまったのも本音だった。
「……じゃあ……しばらく、カイロ代わりになってあげる」
最初、冷たく感じた背中が少しずつ暖かくなっていく。
ぬくもりを感じながら、淹れてあげるのは何にしようかと考えているの視界の隅で、ヤカンのお湯は静かにスタンバイを続けていた。
end