目覚め

いつのことだっただろう?
最初に『私』という意識が生まれたのは。

誕生したばかりの頃のことはあまり憶えていないが、『守りたい』『支えたい』『愛おしい』そういったあたたかな感情に包まれて、ゆらゆらと気持ちよく漂っていたような気がする。

その後、なんとなく居心地が悪くなったような気もしたが、その頃の私はまだ非常に曖昧な存在だったので、その原因も、その時の自分の状況もわからなかった。

私がそれらを理解できるようになった比較的最近のことだ。

私は動物や植物といった生命体ではない。元は自然石だ。
いわゆるパワーストーンと呼ばれはしても、ただの鉱物でしかない無機物の中に私が宿ることが出来たのは、ひとえに『人の想い』、つまり、注ぎ込まれた念の強さによるものだった。

最初、純粋な愛情を込められ削り出された私は、後日、何かの術の媒体として使われてしまったようだ。
感じた居心地の悪さは術者の邪念によるものだったのだろう。

術を解くために法力や神通力を送られ続けたことで、私の意識は少しずつはっきりとしていった。

私の役割は一度バラバラにされてしまった魂、魄、肉体を繋ぐためのかすがいとして存在し続けることだった。

当初、『守りたい』という念が強く込められていたこともあって、術が解けた今も宿主の生命維持が最優先事項となっている。

その一方で、膨大な力を送られ続けたために私の中には相当量の力が内包されている。
だが、もし、それを解放したら、宿主の人としての生身の身体は対応できすに壊れてしまうだろう。

再度、確認するが、私の役目は、その天寿を全うするまで宿主を生存させ続けることだ。
この力は無用の長物であり、使うことは禁忌であると、私は認識していた。

そして、宿主をとりまく環境のこともわかってきた。

私の宿主である『』と呼ばれるその人間の女は、現在、男たちの旅に同行している。

日常的に『敵襲』とやらを受けるその旅は危険と隣り合わせのようだが、男たちの戦闘能力は高く、私の知る限りその敵のすべてを打ち負かしている。

は彼らのことを信頼すると共に、とても大切に思っており、その温かい感情は私にとっても心地よい。
しかし、そのの想いが想定外の事態を引き起こすこととなった。

術が解け、の本体を守る必要がなくなった後の私は眠っていていいはずだった。
なのに、時々、その眠りを妨げられる。

共に旅をする彼らが危機に陥った時、は私から禁忌のはずの力を引き出してしまうようになったのだ。

の生命維持が第一であるが、の心が不安定な状況では私自身も不安定になってしまう。
眠りが薄くなり、寝惚けた状態の私はの望むままに内包する力を零してしまうのだ。

そのことがの身体に負担を強い、結果として寿命を削ってしまうことは知っている。

一度は力を零しすぎてほぼ目が覚めてしまい、眠れない苦しさにもがいた。

暴れる私を取り押さえたのは身体に巻きついた経文だった。
そして、私よりも大きな慈愛と慈悲の力が再び眠りにつかせてくれた。

それらの助けがなければ、の命を保つことは出来なかっただろう。

肝を冷やすと共に、の傍にそういう存在があることを知って安心したことを覚えている。

二度とそのような事態にならないことを祈念したいが、現在、このような旅の途中である以上、再度、事が起こる可能性はゼロではない。

の想いに引っ張られ、その願いを叶えてしまう私に原因があることも、私が力を完全に封印してしまえば使ってしまう事態は避けられることもわかっている。

しかしだ。

もし、それで、『守りたい』と思ったものをなくしてしまったならば、の心は壊れてしまうかもしれない。

そうなったら、私に内包される膨大な力はどんな事態を引き起こすかわからない。

力は力でしかない。
それをどう使うかを決めるのはの心なのだ。

の感情が正しい方向に導いてくれれば誰も傷つけず、何も破壊しないが、の心が壊れ、行き先を見失った場合、本来のならば決して望まないようなことをしてしまう可能性もある。

それは私にとっても本意ではない。

の守りたいものを守ることはを生き続けさせることと同義だと、思わざるを得ないのだ。

本来ならば、『私』はただ、の中に存在するだけで役割を果たせる。
つまり眠っていたとしても構わない。

善意や愛情に満ちたの中はとても居心地が良い。
このままずっと、その中でまどろんでいたいのが本音だ。

眠っている私の夢に接触してきている貴公が何者なのかは詮索しない。
知る必要のないことだ。

とにかく、これからも私は、の心が常に穏やかであるように、私が目覚めることなどないように、祈りつつ眠り続けることとしよう。

end

Postscript

HOME