大好き
買出しの途中。
八戒、悟浄、悟空の三人は少々場違いな洋菓子店にいた。
「うわー! どれも美味そ〜!」
「てめェで食う分じゃねーんだぞ? わかってんのか? 猿」
「わかってるよぉ……言ってみただけじゃん!」
「やっぱりキャンディーやクッキーが多いですね」
甘い匂いが漂う店内には可愛くラッピングされた様々な菓子が並ぶ。
今日は3月14日。
天気が良くて助かった。
洗濯をするを宿に残し、一ヶ月前のお礼をすべく、お返しの品を物色中だったりする。
「普段、甘いモンなんて興味ねーけど、いろいろあンだな」
「って甘いもの大丈夫だったよね?」
「ええ。『お菓子は作るのも食べるのも好き』って言ってましたよ」
他にも同じようにホワイトデーの買い物をする男性客はいるものの、美丈夫が三人でああだこうだ言いながら菓子を選んでいる図というのは少なからず人目を引いていた。
「よしっ! これに決めた!」
「えっとぉ、そんじゃ、俺はこれ!」
「じゃあ、僕はこれにします」
「キュウー」
「「 え? ジープも? 」」
「ああ、ジープもチョコレートもらってましたね。
いいですよ。一緒に買いましょう」
種類がかぶらないようにそれぞれに買って店を出た。
「、喜んでくれるかなあ?」
「ええ、きっと」
宿へ戻る道で当然のようにその話題になる。
「菓子メーカーに踊らされてる気もすっけどな」
「気持ちの問題ですから……きっかけになるのなら、それも悪くありませんよ」
「悟空。お前、にお裾分けねだったりすんじゃねえぞ?」
「そんなことするかよ。俺だって今日くらいは我慢するって!」
ぷうっと頬を膨らませる悟空だが、『今日くらい』という言葉に、もしかすると明日以降にねだることはあるかもしれないと少々心配になる。
「後は渡すタイミングですかね?」
「……三蔵の目の前で渡してみっか? あいつ、ぜってー用意してねえぞ」
「あ、それいいかも!」
三蔵は『ホワイトデー』の存在を知っているかどうかも怪しいし、知っていたとしてもお返しを用意するようなタイプではない。
買出しに付き合わない方が悪いのだし、もし、この場にいたとしても一緒に購入したかどうか怪しいものだ。
どのみちと三蔵は同室なので、三蔵が見ていない所で渡す方が難しいのだった。
と三蔵。二人のそれぞれの反応が楽しみで、三人は顔を合わせてニッと笑った。
「! ハイ、これ!!」
「こないだのお礼」
「受け取ってください」
食事の後、三蔵との部屋を訪ねた悟空、悟浄、八戒の三人はリボンの掛けられた包みをその人の前に差し出した。
「あ……」
少し驚いたような小さな声をあげたが次の瞬間、満面の笑みを浮かべる。
「嬉しい……ありがとう!」
「キュ〜!」
三つの箱を抱えたにジープも口に銜えた小さな袋を差し出す。
「え? ジープも? ありがとう!!」
受け取ってジープの頭を撫でるの嬉しそうな様子と、その後ろで何事かと怪訝そうな顔をしている三蔵の対比が面白くて、三人は吹き出しそうになるのを堪えた。
「なあ、開けてみてよ」
「俺のが一番いいに決まってっけどな」
「口に合うといいんですけど……」
「うん。ちょっと待ってね」
は一つ一つ丁寧に包装を解いた。
悟空からはココア生地とバター生地で模様を作ってあるクッキー。
「わー、ハートとか市松模様が可愛いね。紅茶に合いそう」
悟浄からは花も葉も茎も飴細工で作られた一輪のバラ。
「うわぁ、綺麗! 食べるのがもったいない気がしちゃう」
八戒からはしっとりと美味しそうなフィナンシェ。
「あ、嬉しい! 私、マドレーヌよりフィナンシェの方が好き!」
そしてジープからは白いドラジェ。
「白くってちっちゃくって可愛くて、ジープみたいね……皆、ありがとう!!」
「「「 どういたしまして 」」」
「キュウ!」
完全に三蔵を蚊帳の外にしたやりとりをした後、三人は部屋を後にした。
こういう時は引き際が肝心。
「先月、チョコもらったしさ」
「気持ちだよ。『気持ち』」
「いつもいろいろ手伝ってもらってますしね」
それぞれに聞こえよがしな一言を残すことも忘れなかった。
「なんなんだ? 一体……」
訪問者の去った部屋で三蔵がボソリと呟いた。
「ん?」
が振り返る。
その小さな声を耳ざとく聞きつけたあたり、も三蔵の様子を気にしていたということだろう。
「今日はね、ホワイトデーなの」
「『ホワイトデー』?」
「バレンタインのお返しをする日のことよ」
「……くだらねえ……」
「言うと思った」
そう笑ったはそれ以降何も言わず、広げたままだった包装紙やリボンを片付け始めた。
(これ以上何か言うと催促してるみたいだしね……)
三蔵からのお返しなんて期待してない。
今は一緒にいられるだけで十分だから……
三蔵はなんとなく居辛くなって、入浴を口実に宿の浴場に逃げた。
(まったく、どいつもこいつも……)
わざわざ揃って部屋に持ってきたあてつけがましさに忌々しさが増す。
そんなチャラチャラした行事などクソ食らえだ。
入浴後も部屋に帰り辛く、ロビーで一服することにしたが、部屋にタバコを置きっぱなしにしていることに気づく。
仕方なくフロント脇の自販機コーナーに行って、それを見つけた。
菓子のワゴン。
手作りらしい数種類の菓子は透明な袋をリボンで結んだだけのシンプルな包装。
柄じゃない。
それはわかっている。
しかし、先月、自分ももらうものはもらっていたのだ。
おまけにジープまでもがお返しをしているではないか。
見つけてしまった以上、背に腹はかえられなかった。
が既にもらっている四種類以外のものを選び、恥を忍んで購入した。
さて、どうやって渡そうか……?
三蔵と入れ替わりで入浴を済ませて部屋に戻ったは、寝る前に読もうと思っていた本の上に何かが置いてあるのを見つけた。
それは、透明な袋に入った白いマシュマロ。
「これ……三蔵が……?」
「……まだ他に心当たりでもあるのか?」
広げた新聞で顔を隠したままの応答。
「ないよ! だから三蔵からだってわかったのよ?」
あんまり意外で、喜びより驚きが先になってしまって、ついむきになって言い返した。
「……ありがとう。すっごく嬉しい!! ……ね、食べてみていい?」
「……好きにしろ」
は早速開けて、一つを口に入れた。
柔らかい甘さが口の中で溶けて、それに気づく。
マシュマロの中にはチョコレートが入っていた。
(! ……偶然かな? ……知ってるわけないよね……?)
バレンタインのお返しに送られたお菓子はマシュマロが最初。
中に入っているチョコは『貴女にいただいた想いを僕の想いで柔らかく包み込みます』という意味。
偶然でも、嬉しかった。
「大好き」
唐突なのその言葉に三蔵は初めて新聞を降ろしての顔を見た。
どんな菓子よりも甘そうなとびきりの笑顔がそこにあった。
「マシュマロ。これ美味しい!」
(そっちかよ……)
「食いすぎて太っても知らんぞ」
少々の落胆がそんな憎まれ口をきかせ、らしくない事をしてしまった照れがまた顔を新聞の陰に隠す。
「ちょっとずつ食べて、気をつけるもん」
三蔵の意地悪な一言を笑って流せるのは、自分も少し意地悪をしてしまったから。
(大好きよ、三蔵……)
さっき言えなかった言葉を、声に出さず口の中で呟いて、マシュマロを飲み込んだ。
end