身長差
宿を探したり買い出しをしたりしながら街の中を歩く。
それは旅の中でもう何度も繰り返されている日常的な一コマ。
歩幅が違うのでが少し遅れがちになってしまうのもいつものこと。
そんな時、さりげなくの隣にポジションを取るのが悟浄の癖であり、ささやかな楽しみだった。
「えっと、今は宿を探してるんだっけ?」
隣を歩くが訊いてきた。
先を行く三人とは数歩、離れているので状況に変化がないかの確認だろう。
悟浄は答えた。
「宿もだけど、薬屋も探さねーと、って言ってたな。
でも、ちょい先に薬屋の看板は見えてっし、そこに寄って、また宿を探すことになんだろ」
「薬屋さんの看板? どこ?」
何か欲しい物でもあるのかが重ねて訊いたが、店が店なので『何か買いたいの?』なんてことは訊かない方がいいだろうと判断した。
「ほら、あそこ。飲み屋の看板の向こうに」
口から指先に移したタバコの先で指して教えてやると、も首を伸ばしてそちらを見たが、
「飲み屋さんの看板しか見えないよ?」
そう小首を傾げた。
の位置からは見えないらしい。
だが、その直後、
「あ、そっか。悟浄と私じゃ目の高さが違うから、見える景色が違ってるんだね」
と、ちょっとした発見をしたような口調で言った。
「そりゃそうだ。20センチ以上違うだろ?」
自分自身の言葉に納得しているふうのにそう返しながら、実は悟浄も『なるほど』という気分になっていた。
広い空間では大した違いはないかもしれないが、確かに、こんな街中や狭い室内では、目線の高さによって見え方は違ってくるだろう。
特に買い出し中の店の中では棚の高さによって置かれている商品の見え方はまるで違う。
今まで気にしたことなどなかったその違いを、この時の悟浄は何故か強く意識させられていた。
こうして隣を歩いている時やジープでの移動中に、話しながらに見上げられるのは悪い気はしない。
そうされると表情の可愛いさが増す気がするのは、必然的に上目遣いになるためだろうか?
身長が違えば手足の長さも違ってくる。
性差のせいで身体の細さも違う。
たぶん、そういった全ての要素が庇護欲を掻き立ててくれるのだろう。
なんだかんだ言っても、自分が動物や子供に弱い理由が、少しわかった気がした。
その後、やはり話題になった看板の薬屋に立ち寄ることになった。
店の外でタバコをふかし始めた三蔵はそこに置いて、四人で店に入る。
小ぢんまりとした店だったが品揃えは悪くなさそうだ。
八戒は早速、消毒薬だの包帯だの、救急箱の補充用の品を手に取り始め、悟空ともそれを手伝っている。
悟浄は声を掛けられたら荷物持ちをするつもりで、冷やかし半分に店内をうろついていた。
ふと目に入ったものに悟浄の足がとまる。
(そーいやー、コレもそろそろ買っといた方がいいかもなー)
悟浄が薬局で買うものといえば、飲み過ぎた時用のドリンク剤か目の前にあるコレくらいだ。
一箱に12個入りのものが多いゴム製のその商品が悟浄の頭をエロ河童モードにした。
多少の体格差があった方が、具合が良かったりするんだよな、とか、小柄な相手だったらアレはしにくいけど、その時はその時で別の楽しみ方もあるし、とか、あんなことやこんなことをするには相手の体重は軽い方がいい、とか、そういう思考になったのは、店に入る直前のとのやりとりのせいだろうか?
「悟浄。会計しますよ」
棚の向こうから八戒の声が聞こえた。
悟浄は桃色に染まった考え事を切り上げて顔を引き締め、何も手に持たずレジへと向かった。
も一緒なので、今は買わないことにしたのだ。
店の場所はわかっているのだから、宿が決まってからまた買いに来ればいい。
レジの前に行くと、支払いを済ませた八戒から当然のように膨らんだレジ袋を渡されたが、荷物持ち要員にされるのはいつものことだし、見た目ほど重くもないので特に不服はない。
店を出て、また宿探しに戻った。
その夜、夕食を摂った後で悟浄は出掛けた。
あの後、薬局のすぐそばに見つけた宿で取れたのは一人部屋が五つだったので、誰に気がねすることもない。
買い物という用件もあったが、それ以上にナンパしたい気分だった。
元々、買うつもりの物だったが、ナンパするなら尚更、必要になる。
まず薬局へと足を向けた。
入った店内には他の客も見当たらず、閉店間際といった感じだった。
目当ての物がある場所はもうわかっているのでそこへ直行する。
並んでいた数種類を手に取りながら選んでいる時だった。
「悟浄?」
思いがけなく名前を呼ばれて焦った。
声の主がだったからだ。
「?」
『マズい!』と思っても、もう遅かった。
「やっぱり」
言いながらはこちらに回ってきたのだ。
悪い事に二人がいたのは棚の端の部分で、の移動距離は小さい。
悟浄には持っていた物を棚に戻す時間もなかった。
成人男性であり、『イイ男』を自負する悟浄だ。
普段なら、こういう物も堂々と買うのだが、今はそういうわけにはいかなかった。
「棚の向こう側から頭が見えたの。何か、買い忘れ?」
言ったの目が悟浄の手にあるものを捉えたらしい。
笑顔だったの表情に微妙な気まずさが混じる。
悟浄はもう開き直るしかなかった。
必死にいつもどおりの口調で話しかける。
「ああ。お前も? なんで、昼、一緒に買わなかったの?」
が持っているのは鎮痛剤だの化粧水だので、特に『男と一緒ではしにくい買い物』というわけでもなさそうだった。
「ああ、うん、これは私個人の持ち物ってことになるから、ちょっとね……」
どこかぎこちなく答えるも、見てしまったものをスルーしようとしてくれているようだ。
「じゃ、私、先にレジに行くね」
そう言ってレジに向かったは支払いを終えると、『先に戻ってるね』と、悟浄に声を掛けて足早に店から出て行き、悟浄の口からは息が漏れた。
それはそれは深く長いため息だった。
まもなく薬局を出た悟浄の足は繁華街ではなく宿へと向けられた。
とてもナンパなどできる気分ではなくなっていた。
(……よりによって、あんなとこ、見られるなんてなー……)
恐らくは棚の陰になっていて自分からは見えなかっただけなのだろうががいることに気付けなかったことが、そして、あっさりに見つけられてしまったことが、つくづく悔やまれる。
状況によっては互いの姿が見えたり見えなかったりする二人の身長の差が、この時ばかりは恨めしく感じられた。
(……昼間っから、あんなこと考えてたバチでもあたったか?)
当初の目的の買い物は済ませていたが、自分がそれを使う機会はしばらくなさそうで、再びため息をつく悟浄だった。
end