寝不足

宿の一人部屋。
そのベッドの中で、悟空は何度目かの寝返りをして溜め息をついた。

(最近、寝つきが悪りぃなぁ……)

以前は、妖気や殺気を感じるようなことさえなければ、ベッドに入るとすぐ、朝までぐっすりだったのに……

、もう寝たかな……)

こういう時、頭に浮かぶのはのこと……
というより、のことを考えてしまうせいで眠れないのが正確なところなのだが。

自分の中にある感情に気づいてしまって以来、多くなった眠れない夜。

困るのはあの時に見た光景まで思い出してしまうこともあることだ。

「はぁ〜……」

切なく痛む胸から長い溜め息がもれる。

今になって思い返してみれば、どちらのことも思い当たる事が全く無かったわけでもないのに、既に人のものだと知るのと同時に、好きだと気づいた自分のマヌケさが恨めしい。

(どうせ、にとっちゃ、俺は弟みたいなもんなんだろうけどさ……)

三蔵と悟浄と八戒は年も近いけど、自分は八戒よりも四つも年下で、すっかり弟的なポジションに落ち着いている。

普段は全然そんなこと意識しないけど、は本当はそれよりもずっと年上なのだ。見た目の年齢でも、少しだけ上だし。

(でもさ、それって全部、『今は』の話だよな?)

三年後、五年後は、自分だってもう少し背も伸びるだろうし、三蔵だってあの性格だから、に愛想をつかされるということだってあるかもしれない。

そう、そのうち自分の若さが武器になる時が、必ず来るのだ。

(よし。もう寝よ)

未来への期待を胸に目を閉じた時、その希望を一瞬にして打ち砕く声が聞こえてきた。

愛されるの甘い声。

(ああーっ! これが一番、困るんだよおっ!!)

頭から毛布を被ってもその程度ではとても防げない。
どんなに無視しようとしても聴覚はそれを拾ってしまい、気になって気になって、終わるまで眠れないのだ。

(くっそー! 周りの迷惑考えろよー!)

ジープで寝てなかなか起きられない時は、最後に決まって三蔵のハリセンが飛んでくる。

その度に『誰のせいで眠れなかったと思うんだ?』とムカツクのだが、それを口にするのは自殺行為だということもわかっている。

やり場のない思いにベッドの上をごろごろと転げ回る。

明日の寝不足も決定的だ。

end

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