キス
くいっ!
宿のフロント。
一人部屋を五つ借りる手続きをしている八戒の後ろで待っているの手を誰かが引っ張った。
見てみると、三歳くらいの可愛い男の子がニコニコ笑っている。
「ん? なあに? どうしたの?」
(迷子とかじゃなさそうだけど……)
不思議に思いつつもが微笑みながらしゃがみこんで目線を合わせると
「いらったいまて」
まだよく回らないらしい口が『いらっしゃいませ』をそう発音し、小さな身体には重たそうな頭がペコリとお辞儀をした。
どうやらこの宿の子供のようだ。
「あら、可愛い! 看板息子さんね」
は満面の笑みを浮かべて『お世話になります』とお辞儀を返した。
たぶん、その場にいる全員が微笑ましい気分でその光景を見ていたのだろうが……
が顔をあげた時だ。
急接近した小さな顔の小さな唇がぶつかったのだ。
の唇に。
「「「「 あ…… 」」」」
四人は思わず固まった。
「まあっ! この子はまた!! お客さん、すみません!」
フロントの中で慌てる女性はこの子の母親らしい。
しかし当のは
「うわー、熱烈な歓迎されちゃった!」
にこにこ笑いながら、その子の頭を撫でたり頬ずりしたりしている。
「「「「 ………… 」」」」
相手は子供だ。それはわかっている。
しかし、しかしだ!
(なんちゅー真似するガキだよ!?)
(子供なんだから……仕方ないですよねえ……)
(、平気な顔してるよな? つーことは、えっと、えっと、え゛ーー?)
(…………マセガキが……)
さっきまでとはうって変わり、四人の胸はもやもやと、すっきりしない感情に包まれたのだった。
夜。食事や入浴を済ませた三蔵は部屋のテーブルで新聞を読みながら一人の静かな時間を過ごしていた。
しかし、ふとした拍子に昼間の光景が頭に浮かぶ。
あんなことでイラつきたくなどなし、気にしたくもない。
だが、おもしろくない。
それは紛れもない事実だ。
(クソッ、なんで俺がこんな……)
本人は認めたくなくて無意識のうちに目をそらしているのだろうが、三蔵の自尊心は少なからず傷ついてしまっていた。
こんな不快感をずっと抱えているつもりはない。
手っ取り早くそれを解消する方法は一つ。
立ち上がった三蔵はドアに向かった。
どうやら今夜、この部屋のベッドが使われることはなさそうだ。
end